• 戦神
  • 鬼憑き十兵衛
  • 不死人(アンデッド)の検屍人 ロザリア・バーネットの検屍録 骸骨城連続殺人事件
  • 予言の島
  • 新宿花園裏交番 坂下巡査

エンタメ書評

[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)

花粉の季節もそろそろ終わり、過ごしやすくなってきました。休日に、公園で読書なども良いですね。今回は、9作品をご紹介致します。

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 いよいよ平成が終わり令和が始まったが、だからといって人の趣味嗜好が急に変わるわけもない。ということで今回も、私が読んで面白かった本を、片っ端から取り上げることにしよう。まずは赤神諒の『戦神』(角川春樹事務所)だ。デビュー作『大友二階崩れ』から始まる「大友サーガ」の第四弾である。主人公は戸次鑑連(後の立花道雪)。九州の戦国大名・大友家の最強の武将として、愛読者にはお馴染みの人物である。鑑連の父親の代から筆を起こした作者は、主人公の誕生を血まみれの伝説で彩る。ここから赤神節は全開だ。大友家の複雑な動きと絡めながら、次々と戦功を挙げていく鑑連の武者ぶりを活写。それに加えて、妻との愛情や、家臣との絆を、愉快に描き出す。

 しかし、だからこそラストの悲劇が胸を打つのだ。今号掲載の対談で分かったのだが、赤神作品の本質は悲劇であり、その悲しみの中から人の想いが立ち上がってくる。史実と虚構を大胆に織り交ぜたストーリーから、大友家最強の武将の熱き魂が伝わってきた。「大友サーガ」の中でも、ひときわ重要な位置を占める秀作である。

 大塚已愛の『鬼憑き十兵衛』(新潮社)は、「日本ファンタジーノベル大賞2018」受賞作だ。熊本藩の剣術指南役で、二階堂平法の達人だった松山主水は、何者かの放った刺客により殺された。現場にいた息子の十兵衛は、深手を負いながらも刺客を倒す。そのとき、自らの血によって、ミイラのようになっていた鬼の大悲を復活させてしまった。自分に憑いたという大悲の異能に助けられ、父の仇を次々と殺していく十兵衛。刺客を放ったのが、藩に巣くう〝御方さま〟であることも知る。また、不可解な状況で異国の少女を助け、紅絹と名付けるが、彼女も御方さまに狙われていた。島原の乱が迫る中、十兵衛は激しい戦いを繰り広げる。

 本書も九州が舞台である。やがて起こる島原の乱を、ストーリーに絡めるための場所セレクトかと思ったが、御方さまの正体が分かったとき、そちらの狙いもあったのかと感心した。よく考えて、物語世界が組み立てられているのだ。その土台の上を、十兵衛が奔る。人間から化け物まで、敵であれば斬りまくる。躊躇も容赦もないチャンバラが痛快だ。大悲や紅絹の扱いも巧みであり、復讐しか頭にない十兵衛が、新たな道を見つけるまでの道程を、熱量を込めて描き切っている。将来が楽しみな新人が出てきたものだ。

 手代木正太郎の『不死人の検屍人 ロザリア・バーネットの検屍録 骸骨城連続殺人事件』(星海社)は、ファンタジー・ホラー・ミステリーといえばいいのだろうか。屍人・屍食鬼・吸血鬼など、不死人が徘徊する世界。〈アンデッドハンター〉のクライヴは、吸血鬼の血族の居城、骸骨城に赴く途中、〈アンデッド検屍人〉だという少女ロザリアと出会う。発生した屍人を退治するため城に招かれたクライヴ。ロザリアも同じく招かれたそうだが、彼女は何を依頼されたのか。その城では、城主の妻の座を巡り、四人の花嫁候補が集まる。しかし花嫁候補とその付き人が、次々と殺されていくのだった。

 ライトノベル「魔法医師の診療記録」シリーズの第三巻でミステリー方面への指向を見せた作者の力が、大いに発揮された作品である。陰惨な伝説のある城と一族。続発する殺人と騒動。不死人との戦い。そして探偵役であるロザリアの口から語られる、驚くべき真相。いろいろな要素がぶちこまれているが、それを捌く作者の手つきは鮮やか。この物語世界でなければ成立しない謎と真相を堪能した。

 澤村伊智の『予言の島』(KADOKAWA)は、ホラー小説で人気の作者の、初のミステリーだ。舞台は瀬戸内海にある霧久井島。かつて一世を風靡した霊能力者・宇津木幽子が最後の予言を遺した場所だ。二十年を経て、その島に人々が集まる。パワハラで心を痛めた友人を元気づけようとした主人公たちも、その中にいた。しかし島には不穏な空気が漂い、《霊魂六つが冥府へ堕つる》という幽子の予言が実現したかのように、次々と人が死んでいくのだった。

 ホラー・タッチで恐怖を掻き立てる前半から、リーダビリティは抜群。しかも一連の事件の真相も、驚くべきものであった。登場人物のすべてがテーマを表現する役割を担っているなど、キャラクターの活用法も素晴らしい。

 さらに終盤に、衝撃的なサプライズが待ち構えている。個人的には荒業過ぎると思ったが、あらためて読み返してみたら、繊細な注意を払って描写していることが理解できた。力のある作家の、ミステリーへの参戦を喜びたい。

 香納諒一の『新宿花園裏交番坂下巡査』(祥伝社)は、新宿花園神社の真裏にある《花園裏交番》に勤務する、新米巡査・坂下浩介が主人公。物語は、冬・春・夏・秋の四篇で構成されている。ただし秋はエピローグであり、実質三篇といっていい。冬の事件は、ホステスの絡んだ盗難事件が殺人へと発展する。春の事件は、坂下が面倒を見た子供を発端に、またもや殺人事件にかかわることになる。夏の事件は、新宿署の名物刑事に呼び出された坂下が、複雑な事件にぶつかっていく。どれも交番勤務の警官を、大きな事件と関係させる段取りに工夫があり、面白く読めた。ミステリーの謎も魅力的である。

 その一方で、小説技法にも注目すべきものがある。これから読む人の興味を削がないようにぼかすが、ミステリー作品ならば明らかになるであろう人物の過去を、あえて作者は書かない。読者の想像に委ねているのだ。そこには人間の生き方は、すべて説明できるほど単純なものではないという思いがあるのではないか。書かないことによって何が表現されているのか。ここも本書の読みどころだ。

 辻真先の『焼跡の二十面相』(光文社)は、辻版「少年探偵団」である。終戦直後の焦土と化した東京。名探偵・明智小五郎の助手である小林芳雄少年は、出征した明智先生を待ちながら、ひとりで逞しく生きていた。そんな彼が、旧知の中村警部と出合い、奇妙な殺人事件とかかわる。これが縁になり彼は、二十面相と財界の大物の美術品を巡る闘争の渦に、果敢に飛び込んでいくのだった。

 一九三二年生まれの作者の少年時代は、戦中戦後であった。だからだろう、戦争に対する怒りや複雑な思いを、何度も作品にぶつけている。本書もそのひとつといっていい。克明に描かれる焦土と化した東京と、そこに生きる人々。美術品を狙う二十面相の行動が、結果的に進駐軍と敵対することになるという展開。小林少年の活躍にワクワクしているうちに、「こんな日本に誰がした」という慨嘆が込み上げる。作者のメッセージは、令和となった今でも、強く心に響くのだ。

 福田和代の『梟の一族』(集英社)は、忍者物である。ただし時代小説ではなく、現代が舞台だ。主人公は高校一年生の榊史奈。滋賀県の山間の小さな集落で暮らしている。この集落、実は〈梟〉という忍者の一族であった。彼らは強靭な肉体と、睡眠を必要としない特異体質の持ち主であり、永年にわたり歴史の裏側で活動していた。そんな集落が、ある日、襲撃を受ける。集落は焼かれ、ひとりが死亡。その他の住人は行方が分からない。ひとり逃がされた史奈は、曲折を経て東京に出ると、事件の真相を追うのだった。

 という粗筋を見ると、少女忍者のアクション物のようだが、作品の肌触りはちょっと違う。史奈は田舎育ちの世間知らずであり、東京ではとまどうばかりだ。もちろんラストにはバトルが控えているが、忍者の力ですべてが解決することはない。現代に生きる忍者をリアルに表現しながら、特異な少女の成長譚としたところに、本書の面白さがあるのだ。また、〈梟〉が眠らない理由を、科学的に解明していく点も、読みどころとなっている。

 三方行成の『流れよわが涙、と孔明は言った』(ハヤカワ文庫JA)は、新鋭のナンセンスSF短篇集だ。ただしナンセンスという紋切り型の表現では括り切れないサムシングが感じられる。一例として表題作(もちろんタイトルはP・K・ディックの『流れよわが涙、と警官は言った』の捩りである)を見てみよう。おそらく故事成語の「泣いて馬謖を斬る」から発想したのだろう。孔明が弟子の馬謖を斬ろうとするが、なぜか斬れない。さまざまな方法で斬ろうとするも失敗し、狂乱状態に陥る。さらに、馬謖がポコポコと増殖したあたりからストーリーは跳躍に跳躍を重ね、並行世界や因果律までぶっ飛んでいく。これが駄洒落だらけの文章で綴られていくのだ。なんだこりゃと思ったが、作者の才気の?りは伝わってきた。他の四作も同様である。この才気から、どのような世界が生まれるのか、大いに期待したい。

 最後はコミックだが、川崎昌平の『ぽんぽこ書房 小説玉石編集部』(光文社)にしよう。小説好きなら、興味を惹かれる内容だからだ。なにしろ物語の舞台は、総合出版社ぽんぽこ書房の発行している文芸誌「小説玉石」の編集部である。ある日突然、ワンマン社長が「小説玉石」の休刊を宣言した。

 これに反発した、入社六年目のコン藤リンは、社長に直談判。「小説玉石」の実売数が七十五パーセントを超えたら存続するとの確約を取りつける。かくしてリンと編集部の奮闘が始まるのだった。

 という休刊騒動は早い段階で終わり、以後、リンを中心にして文芸界の置かれた厳しい状況が、誇張を交えながら描かれていく。作者は編集者をしながら多方面の創作活動を行っており、編集者と創作者のどちらの立場も分かっている。その複眼的視座から生まれたストーリーが魅力なのである。また、現実を見つめながら、文芸の未来を期待できるのは、作者が出版業界に理想を抱いているからだ。堂々とした理想の表明が、気持ちいいのである。

角川春樹事務所 ランティエ
2019年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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