本をつくる 書体設計、活版印刷、手製本 鳥海(とりのうみ)修、高岡昌生(まさお)、美篶(みすず)堂、永岡綾著

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本をつくる

『本をつくる』

著者
鳥海 修 [著]/高岡 昌生 [著]/美篶堂 [著]/永岡 綾 [著]/本づくり協会 [企画・原案]
出版社
河出書房新社
ジャンル
芸術・生活/写真・工芸
ISBN
9784309256276
発売日
2019/02/18
価格
2,035円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

本をつくる 書体設計、活版印刷、手製本 鳥海(とりのうみ)修、高岡昌生(まさお)、美篶(みすず)堂、永岡綾著

[レビュアー] カニエナハ(詩人、装丁家)

◆詩の魂を汲む職人仕事

 一人の詩人のために、新しい書体(フォント)が生み出され、その書体から詩人が一篇の詩を紡ぎ、その詩のために組み版・活版印刷され、それが手製本され、稀有(けう)な一冊の詩集が誕生した。この特別な谷川俊太郎詩集『私たちの文字』の完成までを追ったドキュメンタリーが、本書『本をつくる』。取材・文を担当した永岡綾さん曰(いわ)く「本にまつわる職人仕事が私たちに見えにくいのは、彼らが意図的にひっそりと息を潜めているからだ。(中略)彼らの仕事は、目に見えぬ空気となって本の隙間に宿っている」。

 本書は、その「目に見えぬ」ところを仔細(しさい)に見せてくれる。書体設計士の鳥海修さん、組み版・活版印刷を手掛ける嘉瑞(かずい)工房の高岡昌生さん、手作業による製本を行う美篶堂の上島(かみじま)松男さん、明子さん、真一さんという、それぞれの分野の第一線を担う職人たちによる一流の仕事を、彼らの手つきを、息づかいを、彼らから発される深みのある言葉たちを、彼らの迷いや葛藤までをも、私たちは本書で目にすることができる。

 「内容を汲(く)み取って、そこに魂を入れられるか」と組み版の哲学を語る高岡さんの言葉どおり、まさにそれぞれの職人が谷川さんという詩人を、その詩を、深いところで受け止め、咀嚼(そしゃく)して、それぞれの仕事にフィードバックさせている。だから例えば「女性らしさというのは、谷川さんの持つ一面であるように思います」と、完成した書体「朝靄(あさもや)」を前に語る鳥海さんの言葉は、その書体が谷川詩全体を捉える鋭い批評にもなっているし、「さまざまなつくり手がそれぞれの持ち味を発揮できるような社会になったら」と語る上島明子さんの言葉どおり、互いの仕事に敬意を表し、引きたて合いながら、それぞれの知識や技を結晶させた詩集は、あり得べき理想の社会のメタファー(隠喩)にもなっている。

 かくして、最高の読み手でもある職人たちの手で、最高の器に盛られた詩篇は、とても居心地良さそうに佇(たたず)んで、あなたに触れられるのを待っている。

(河出書房新社・1998円)

鳥海 書体設計士。高岡 嘉瑞工房代表取締役。美篶堂 製本工房。永岡 編集者・ライター。

◆もう1冊 

小川洋子、クラフト・エヴィング商會著『注文の多い注文書』(筑摩書房)

中日新聞 東京新聞
2019年5月5日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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