『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
【ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー】100万光年先の日常から、子どもと社会を描く 劔樹人×ブレイディみかこ×瀧波ユカリ
[文] 新潮社
「エンパシー」で分断を超えろ
劔 授業といえば、息子さんは学校でエンパシーについて教わっていますが、あれ、いいですよね。
ブレイディ エンパシーは、自分が必ずしも賛同できない、共感できない相手の頭の中、胸の内を想像してみる能力のことですね。イギリスはいまEU離脱で離脱派と残留派がやりあったり、そのほかにもいろいろな分断があります。だから、分断を乗り越えるために知的な作業を身につけさせなければ、ということで教えているみたいです。
多様であるということは違いがたくさんあるということですから、ものごとを進めるにも一筋縄ではいきません。一例を挙げれば、イギリスではLGBTQについて小学校から教えるようになっていますけど、たとえばムスリムのご家庭では教義上、教えてほしくないわけじゃないですか。だからムスリムの家庭の多い都市では、親がLGBTQの授業のある日は子どもを学校に行かせないという運動を起こして、学校が授業を止めたと報じられたりしています。
難しい問題ですよね。宗教を信じる自由はある。もう一方で、小さいうちからLGBTQについて教えておいたほうがいいという考えがある。さらに、ムスリムはイギリス社会ではマイノリティなのでLGBTQの教育を同化主義だと批判するひとも出てきたりして、政治も簡単には動けない。多様性のある社会というのは、そういうことばっかりですよね。
でも、多様性のある社会に違い=分断があるのは当たり前じゃないですか。分断を目の当たりにしたときに、自分と違う立場の人がなぜそういうことを言うのかを想像できなければ解決策は見つからない。お互いのことが分からないと、前に進めない。でも、ツイッターとかを見ていると、自分の言い分で誰かを攻撃するという状況がありますよね。
劔 本の中で、万引きした子へのいじめについて、息子さんが語るシーンがあるじゃないですか。
ブレイディ 「人間はいじめるのが好きなんじゃないと思う。罰するのが好きなんだ」という言葉ですね。正義の名の下に誰かを罰するという行為は根深い。
瀧波 でも、そういう状況も過渡期かもしれないとも思うんです。正論をぶつけるのが勝ちじゃないということに気づくまでの過渡期。まだみんな勝ち負けにこだわるじゃないですか。3、4年したらそれが変わってくるんじゃないかなあ、というか、そこまでは醜悪さが増していくかもしれないんですけど、それをみんなが見ることができるので、そこに学びはあるんじゃないかなと。
劔 それはぼくも同感です。息子さんの無知の話がありましたけど、自分も含めて日本人の大部分はまだ無知の状態だったと思うんです。
瀧波 見ないで済む問題がすごくいっぱいあった。
劔 それが見えるようになってきた。
ブレイディ となると教育が大事ですね。
劔 ブレイディさんが紹介しているイギリスの言葉「It takes a village」は、子どもはコミュニティ全体で育てるもの、という意味ですよね。素敵な言葉だと思いました。学校や家庭だけでなく、地域も含めた日常での教育が大事ですよね。
ぼくも娘を育てる中で、女の子だからピンクの服というふうには教えたくなかったので、娘にマニキュアを塗られても、「パパは男だからダメだよ」とか言わないようにしてます。
瀧波 子どもはけっこう外からガチガチの価値観をもって帰ってきたりするんで、その都度わたしも言います。男が女の格好しても、女が男の格好してもいいじゃん、とか。
ブレイディ うちの息子もそう育てようとして小さい頃はピンクの服を着せたりしていたんですが、成長すると「そんなのガーリーだ」「黒がいい」とか嫌がられて。
瀧波 娘は女性が未だ就けない職業があることを知っていろいろ思うところがあるようで、ちょっと前になりたい職業を夫が聞いたら「ファッションデザイナーか、誰かを助けている人を応援する仕事か、大統領か皇后か関取」って後半3つがすごいことに(笑)。
劔 いいですねえ(笑)。
瀧波 志は良いけど、最後のやつ、身体的な素質はあなたゼロだよ、って(笑)。
劔 いいですねえ(笑)。子どもって面白いし、親の視野を広げてくれますよね。
瀧波 わたしも子どもを生んだらこれまでわからなかったことがたくさんわかるようになった。
劔 ブレイディさんのこの本は、先人の知恵というか、こんなに多様性のある環境で子どもたちが力強く育っていけるんだという安心感も覚えます。
ブレイディ なんとかなる、ということですよね(笑)。連載はまだ続いているんです。この先どう変わっていくのかわかりませんが、楽しんで書ける間は続けてみたいと思っています。