クソどうでもいい仕事を破壊するための民主主義――片岡大右 訳『民主主義の非西洋起源について 「あいだ」の空間の民主主義』/酒井隆史、芳賀達彦、森田和樹 訳『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』 デヴィッド・グレーバー 著

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ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論

『ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論』

著者
デヴィッド・グレーバー [著]/酒井隆史 [訳]/芳賀達彦 [訳]/森田和樹 [訳]
出版社
岩波書店
ISBN
9784000614139
発売日
2020/07/30
価格
4,070円(税込)

書籍情報:openBD

民主主義の非西洋起源について

『民主主義の非西洋起源について』

著者
デヴィッド・グレーバー [著]/片岡 大右 [訳]
出版社
以文社
ジャンル
哲学・宗教・心理学/哲学
ISBN
9784753103577
発売日
2020/04/24
価格
2,640円(税込)

書籍情報:openBD

それでも労働は滅ぼされるべきである

[レビュアー] 大谷崇(ルーマニア思想史研究者)

 労働は人間に課せられた呪いである。だから労働などないほうがいいのだ。私はそう思っているが、他の人はどうかわからない。だが少なくとも今自分のしている仕事は無意味で不必要であり、ないほうがいいと思っている人は意外に多いらしい。そのことを教えてくれるのがデヴィッド・グレーバーの『ブルシット・ジョブ』だ。雇用が増えるからいいだろうって? しかしなぜお金は労働の対価でなければならないのか。著者は、無条件のユニバーサルベーシックインカムの導入によって、労働と生存の分離を提案している。

 現代のブルシット・ジョブ(BJ、クソどうでもいい仕事)の増大にはさまざまな要因が錯綜しているが、その核心にあるのはいわば労働の倫理性、労働で苦労しなければ道徳的に正しく生きていないという考えだ。苦しみの見返りにお金が支払われるのであって、娯楽や遊び、それ自体で楽しいことは見返りに値しない。これは実質があり「やりがい」があるケア労働が金銭的に軽視される理由の一つになっている。BJに就いている人が多忙を装う必要性を感じるのもこのためだ。

 私の研究するシオランに言わせれば、このような苦しみの価値化は特定の地域や時代の専売ではなく、人間の普遍的な特徴だ。もし苦しみの愛好が人間の本質だとすれば、怠惰による人間の絶滅など夢のまた夢だろう。しかしそうでないとしたら、怠惰による絶滅を著者は祝福できるだろうか。著者はケア労働などの実質的労働を相対的に重視する傾向がある。これは著者があくまで社会的に思考を展開しているためだ。だが、ケア労働も破壊されるのが理想ではないだろうか。全人類がケア労働を拒否する日は来ないと著者は見ているが、私は少し人類に希望を抱いている。

『民主主義の非西洋起源について』では、著者のアナキズムがより明確に表明されている。著者は本書で、民主主義は西洋文明に固有のものであるという議論を排し、西洋の知的伝統はむしろ一九世紀まで一貫して民主主義に反対してきたと論じる。著者は民主主義を直接的な協議によりコンセンサスを目指す水平的な自己統治とみなし、これをアナキズムと同一視する。代議制民主主義国家は単なる共和国にすぎない。このような自己統治は、国家の垂直的強制力が希薄な土地で、多様な文化的出自を持つ人々が自己組織化する必要性を感じたときには、地球上のあらゆる時代・場所で生まれ、行われてきた実践であると。著者の人類学者としての姿勢が窺える。難しいのは、この考えを歴史的に実証することは原理的に不可能だということだ。過去の文献は文献として記述され残っているというだけで、すでにそこに垂直的権力が働いているからだ。

河出書房新社 文藝
2020年秋季号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河出書房新社

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