清野とおる×松原タニシ よくぞお出でくださいました―事故物件飲酒対談―
[文] 新潮社
明るい怪談?
清野 実は、僕が赤羽で人生初の一人暮らしをした物件が事故物件だったんですよ。厳密には僕の部屋ではなく、僕の部屋の二つ隣ですね。
タニシ そうなんや。
清野 僕が引っ越した後に、全然知らない不動産業の人が内情を暴露するようなことを、僕の漫画を交えてブログでつづってたんですよ。これがそのブログです。
タニシ 七年前のブログですね。「『東京都北区赤羽』という結構知る人には知れた人気のローカルマンガがあるのをご存じですか。清野さんが住んだ、いろんな訳ありのアパート。当然アパートの名前は明かしていませんが、赤羽で仕事をしていたことのある私にはすぐにわかりました。名前を出すのはやめておきますが、数年前にこのアパートでロフトにひもを掛けた首吊り自殺がありました。(中略)その後、数年が経ち、そのアパートに住んでいるお客さまから、ロフトから手が出てきて首を絞められたので怖い、気持ち悪いから早く別の部屋を探してほしいという話があり、別のお部屋を契約しました」
清野 「大島てる」にも、それ、記載されていたんです。当時は霊なんて、もう「れ」の字も信じてなかったので、いるとも全然思っていなかったんですけど、なんか帰りたくない物件だったんですよ。だから夜な夜な、赤羽を飲み歩いていて。不安でしょうがない物件だったんですよね。
タニシ 僕も一軒目のときは帰りたくなかったですね。
清野 ロフトに妙な気配というか、ロフトに対する漠然とした恐怖心みたいのをずっと抱いていて、それがきっかけとなって『ロフトの上の人』という漫画を、これはフィクションですけど、十四年前に描いちゃったくらいですよ。
タニシ 何か感じていたんですね、ロフトに。
清野 日当たりが悪かったので部屋はいつも暗かったんですけど、夜中ぱっと目覚めて、明るくない時間帯のはずなのに、やけに明るかったりしたこともありました。明るいな、もう朝かなと思って時計を見たら、四時ぐらい。冬の朝の四時って、まだ暗いじゃないですか。それでもう一回寝て起きたら暗くて。あれ、そういえばさっき明るかったけど、なんであんなに明るかったのかな、寝ぼけてたのかな、みたいなことが何回かありました。あと、部屋で一人で過ごしていると、たまにこの世じゃない感覚に襲われるんですよ。
タニシ この世じゃない感覚?
清野 どう表現したらいいかわからないんですけど、「今、自分がいるこの部屋、この世じゃないな」と直感的に思うんです。別に酔っているわけでもなく、その部屋だけ異次元に包まれているような、窓を開けたら見慣れた景色なんですが、急に自分のいる世界が疑わしくなってくるんですよ。
タニシ 僕は前に、幽霊の見えるおっちゃんから、住んでいたレオパレスで、急に窓がむっちゃ小っちゃくなるときがあるという話を聞きました。それは窓が遠くなっているかららしくて、布団があるけれど、布団の先がない、床が伸びていて、窓がめっちゃ遠くなっている。異次元に行くというのは、なんやろな。磁場なのか、何なのか。
清野 それから僕、赤羽を転々として数年経って、普通のマンションに暮らしていたんですけど、当時交際していた女性がうちに来た時。やっぱり朝の四時半だか五時ぐらい、冬場で、ぱっと目覚めたんですよ。そしたら部屋が明るいんです。それで彼女をたたき起こして、「なんか、明るくない!? この時期、こんな明るいわけないよな!」と言ったら「ほんとだ。明るいね、ふふふ」って彼女が笑って。
タニシ 彼女にとっても明るかったんや。ふふふって、なんで笑う(笑)。
清野 明るいはずのない時間帯に明るかったから、おかしくなったんだと思います。そういうのを面白がるタイプの女性だったので。僕もそれに対しておかしくなっちゃって、そのまま、特に確認することもなくまた寝て起きて、「そういえば今日、明るくなかった?」「明るかったね、でもまあ、そういうこともあるんじゃない」と。明るい系の話はそれだけですね。その女性はほんの一瞬付き合っただけで、幽霊のようにどこかへ消えちゃいましたけど。
タニシ 明るい系、僕も一個あります。奈良県の新興宗教の施設の廃神社で、何も心霊の知識のない後輩が、鳥居をくぐった瞬間に、ここは中井シゲノさんが信者さんに力を与えていた社務所ですね、ここで中井シゲノさんは滝に打たれて修行していたんです、とか、いきなり説明し出したんですよ。
清野 中井シゲノって誰ですか。
タニシ その神社を拠点にしていた伝説のシャーマンなんですけど、後輩自身は仮面ライダーと阪神タイガースにしか興味のないやつやから、絶対、中井シゲノを知らない。「なんやねん、おまえ」って言いながらぐるぐる廃神社回って、夜中の三時ぐらいにもう帰ろうかと出口の鳥居をくぐったら、僕ともう一人いた別の後輩が、真っ暗な田んぼが急にめっちゃ明るなったのを見たんですよ。「あれ、明るいな」となって。
清野 それは、田んぼだけ明るくなったんじゃなくて……。
タニシ 田んぼというか、全体が明るいんです。そしたらその中井シゲノ言うてた後輩に後ろから、「中井シゲノさんも、もともと娘さんの足か何かが目に入って失明していたんですけど、この神社の滝に打たれて修行したら、失明する前よりいっぱい見えるようになったらしいんですよ。それ、ちゃいます?」って言われて。
清野 それ?
タニシ そこから大阪戻って、着いたのが五時ぐらいなんですけど、冬だったし真っ暗なんですよ。でも、奈良県のその一帯だけ、めっちゃ明るかったんです。不思議でしたね。そのとき動画配信もしていたんですけど、映ってる画像は暗いんです。観ている人とは共有できてないんです。
清野 その映像の中で、明るさに対しては言及してるんですか。「なんか明るくない?」とか。
タニシ 言うてます。でも、「明るくないよ、真っ暗じゃない」というコメントがついてて。だけど僕とその後輩には、絶対、明るかったんです。なぜなら、神社に着いたのが夜中の十二時すぎぐらいで、なんも見えなくて、その鳥居に行きつくまでに懐中電灯がないと横の側溝みたいなところにはまったりするから、危ないから気を付けようって言ってたのに、帰りの三時には周りが全然見えるんですよ、ここ、溝や、道やって。
清野 明るくない時間帯に明るくなるって、ウケませんか(笑)。全然怖くないんですよ。また明るい体験したいなあ。
タニシ 明るい体験はいいですね。そういうポジティブになる話がいいですよね。
清野 僕はそのとき完全に室内だったんで、変な時間の変な明るさを、外で体験したいですね。タニシさんは勝ち組ですよ。
タニシ 勝ち組ですか。
清野 外に出てますからね。僕は室内で窓越しに明るさを体験しただけなので。
タニシ 外からの光が明るかったってことなんですね。電気がついているというわけじゃなくて。
清野 もう完全に、白んでるどころか、夜が明けているなというぐらいです。でも、太陽光じゃないんですよね。一軒目のときは一人だったから寝ぼけてた可能性もありますけど、このときは彼女とも共有しましたし。
タニシ 明るくなる怪談話ってなかなかないですね。電気が消えるとかはたくさんあるんですけど、世界が明るいは、なかなかないです。
清野 まさか、この明るい体験を共有できるとは思っていなかったので、今日は本当に嬉しいです。
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松原タニシ(まつばら・たにし)
1982年、兵庫県神戸市生まれ。ピン芸人。2012年よりテレビ番組の企画で「事故物件住みます芸人」として活動。これまで大阪、千葉、東京、沖縄など十軒の事故物件に住む。その顛末を記した『事故物件怪談 恐い間取り』がベストセラーとなり映画化、2020年8月に全国公開される。
清野とおる(せいの・とおる)
東京都北区赤羽在住。『ウヒョッ!東京都北区赤羽』(双葉社)、『その「おこだわり」、俺にもくれよ!!』(講談社)、『ゴハンスキー』(扶桑社)など、問題作を次々と発表し続ける奇才漫画家。