「紀伊國屋じんぶん大賞2021」紀伊國屋書店スタッフと読者が選ぶ人文書ベスト30の選考委員コメントを紹介

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「紀伊國屋じんぶん大賞2021」ベスト30を発表

1位『ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論』デヴィッド・グレーバー(岩波書店)

【選考委員 井村直道】
この世の中に本当にどうでもよい仕事は存在するか?『負債論』の著者によるこれまでありそうでなかった「どうでもよい仕事」についての画期的な論考。世界中のブルシット経験談に基づき炙り出される経営管理主義という虚構のシステムを描いて見せた本書は、間違いなくどうでもよくはない、重要な指摘をなしている。

【選考委員 中島宏樹】
手段が目的化したブルシット・ジョブの無駄に多彩な有り様を、市井の声と共に批判的に分析検証するグレーバーの最もラディカルな一冊。現代における私たちの労働観を刺激し啓蒙しようとするその「熱量」こそ、最も本書から受け取るべきアティチュードである。

2位『人新世の「資本論」』斎藤幸平(集英社)

3位『独学大全――絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』読書猿(ダイヤモンド社)

4位『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』熊代亨(イースト・プレス)

【選考委員 中島宏樹】
現代的な「自由」や「多様性」からはみ出さないよう、角を削られヤスリにかけられ彫琢され続ける、綺麗で真面目で生きづらいこの社会。過去の称揚でも現代の追認でもない、現実の私たちの生きづらさに寄り添える優しい未来へ向けた思索の書。

5位『世界は贈与でできている――資本主義の「すきま」を埋める倫理学』近内悠太(ニューズピックス)

6位『椿井文書――日本最大級の偽文書』馬部隆弘(中央公論新社)

【選考委員 生武正基】
偽書とか歴史好きにはたまらない内容。が、本書を教訓としなければならないのは現代社会とそこに生きる我々。人間どうしても自分たちに都合の良いことに無批判に飛びつきがち。騙そうとする人も、騙されてしまいたい人もいつの時代にもいる。

【選考委員 森永達三】
江戸時代に古文書偽造のプロがいた。依頼を受けて、家系図や土地の来歴をねつ造する文書を偽造していた。今われわれが知っている郷土史は、彼の創作かもしれない。だがそうだとしても、逆にそうだからこそ、歴史は面白い。

7位『レイシズム』ルース・ベネディクト(講談社)

8位『統計学を哲学する』大塚淳(名古屋大学出版会)

【選考委員 野間健司】
「データサイエンス」時代だからこそ、統計学をツールとして使うだけでなく、その正当化の基盤を理解する意味がある。ベイズ主義vs頻度主義から「深層学習」「因果推論」まで、統計学的思考法を通してヒューム以来の哲学の根本問題に触れる展開がスリリング。

【選考委員 髙部知史】
古来、優れた数学者・科学者は同時に哲学者でもあった。これが分断された現代において、あらためて分野横断しようという本書の野心的企て。「統計学など欺瞞」というありがちな印象論ではく、哲学的見地から冷静に統計学を再定義しようとする見事な知的営為。

9位『新写真論――スマホと顔』大山顕(ゲンロン)

10位『人類堆肥化計画』東千茅(創元社)

【選考委員 池田匡隆】
“清貧”や“貧欲”と結びつけられる里山生活を否定し、自然や異種を美化しすぎず、むしろ欲望を持ち堕落(腐敗!)を追求することで悦びを得、生きながらにして堆肥になる…コロナ禍という未曾有の事態で、東さんの人生哲学は輝いて見える。

11位『海をあげる』上間陽子(筑摩書房)

12位『縁食論――孤食と共食のあいだ』藤原辰史(ミシマ社)

13位『10代から知っておきたい あなたを閉じこめる「ずるい言葉」』森山至貴(WAVE出版)

14位『荷を引く獣たち――動物の解放と障害者の解放』スナウラ・テイラー(洛北出版)

【選考委員 松野享一】
動物の解放と障害者の解放を、対立ではなく交差するものとして考える。障害当事者にして動物解放運動の担い手である著者のナラティブは、しかし、明確な答えを導き出すものではなく、むしろ問いを増幅させる。「ぎこちなく、そして不完全に、わたしたちは、互いに互いの世話をみる」、終章の、このうつくしいフレーズの意味は本書を読んで確かめてみて欲しい。

15位『「世界文学」はつくられる 1827-2020』秋草俊一郎(東京大学出版会)

16位『現実性の問題』入不二基義(筑摩書房)

17位『「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考』末永幸歩(ダイヤモンド社)

【選考委員 花田葉月】
リアル=よい絵? 目で見る美しさが全てではないかもよ、と問いかける優しい(しかし磨き抜かれた)言葉の裏に、「アートの見かたで人生はもっと豊かになることに気づいて!」という筆者の並々ならぬ願いが見える。13歳の美術の授業から少しアートに遠ざかってしまった全ての人に薦めたい。

18位『日本経済学新論――渋沢栄一から下村治まで』中野剛志(筑摩書房)

【選考委員 大籔宏一】
経済史・思想史・日本史をぶち抜くゆるぎなき視座。不思議なことに現在日本で生活する私たちの意識には、どれか一つが抜けがちになる。土着する思想の力強さを思い知ろう。

19位『それを、真の名で呼ぶならば――危機の時代と言葉の力』レベッカ・ソルニット(岩波書店)

【選考委員 松野享一】
当代きっての著述家による、現代アメリカの、そしてその多くは現代社会に普遍的な、様々な危機を論じたエッセイ集。ひとつひとつのテクストが、美文かつ秀逸なだけではなく、ものごとに真の名前をつける言葉の力を存分に示している。自分もかくありたい、と強く思わせてくれるのだ。

20位『詳注アリス 完全決定版』マーティン・ガードナー/ルイス・キャロル(亜紀書房)

【選考委員 星正和】
『自然界における左と右』で著名なガードナーによる、知る人ぞ知る「注釈つきアリス」決定版待望の邦訳。意外な元ネタからマニアックな深読みまで、一つの作品を徹底的に読み込む楽しさに満ちている。すべてのアリス好き必読の書!

21位『地元を生きる――沖縄的共同性の社会学』岸政彦/打越正行/上原健太郎/上間陽子(ナカニシヤ出版)

【選考委員 東二町順也】
異なる階層、ジェンダーで生きる沖縄の人々の生活を追った社会学的エスノグラフィー。まず、人々の生活に触れるということの圧倒的な生々しさに息を呑みました。今まで知っていた沖縄のイメージが否定されるわけではないけれど、読み終わった後に目や耳にする沖縄は以前よりとても近くに感じることができました。

22位『あいたくて ききたくて 旅にでる』小野和子(PUMP QUAKES)

【選考委員 林下沙代】
語られる「物語」には、切実な現実とそれを乗り越えようとする語り部自身も気付かないような「生きること」への希求が、ひっそりと内包されている。ひとりの人間のもつ世界の、そのあまりの豊かさにハッとさせられ、時に畏れすらも感じさせられた。他者との向き合い方のかたちが様々に変化をしている今、「物語」たちと真摯に向き合う著者の姿勢が読み終えてもなお、心を離れない。

23位『共和国と豚』ピエール・ビルンボーム(吉田書店)

【選考委員 田伏也寸志】
フランス革命により実現した平等は、身分的差異を超えた交流を可能にした。そこで「常識」とされた事柄は、しかしマイノリティのユダヤ教徒にとっての禁忌を含んでいた。豚肉を伴う食事はその例である。この環境下で、18~20世紀初めまでユダヤ教徒が共和国にいかに同化していくかを描く。現代に通ずる問題を含む好著。

24位『〈わたしたち〉の到来――英語圏モダニズムにおける歴史叙述とマニフェスト』中井亜佐子(月曜社)

【選考委員 藤本浩介】
モダニズム期の英文学をしっかり読み解きながらアクチュアルな問題があぶり出される、文学批評の面目躍如。ポストコロニアルやフェミニズムを百年前に遡って捉えなおす本でもある。

25位『誰かの理想を生きられはしない――とり残された者のためのトランスジェンダー史』吉野靫(青土社)

26位『手の倫理』伊藤亜紗(講談社)

27位『民主主義の非西洋起源について――「あいだ」の空間の民主主義』デヴィッド・グレーバー(以文社)

【選考委員 林下沙代】
「民主主義」というと多数決による議決、というのが通常の認識であるかと思うが、グレーバーは自らも市民運動に飛び込み、人びとと対話を重ねてきた実感から、人類学者としてアナキズムという視点も交えながら、この意味に大きく揺さぶりをかける。「民主主義って一体何なんだろう?」――そう思わざるを得ないニュースが後を絶たない今、この問いはあらためて、切実に響いてくるものではないでしょうか。

28位『ハンズ――手の精神史』ダリアン・リーダー(左右社)

【選考委員 小山大樹】
テクノロジーは、私たちの何を変えたのか?既に語りつくされたかのようなテーマに、著者は「さまざまな方法で、手を忙しくしておくことができるようになった」と全く新たな観点から語り始めます。専門である精神分析学を武器に、数々の映画作品上の表現やiPhoneの普及などに見られる「手」にまつわる現象をエキサイティングに分析していく様は、さながら思想界のインディ・ジョーンズ!!

29位『日本習合論』内田樹(ミシマ社)

30位『たのしい知識――ぼくらの天皇(憲法)・汝の隣人・コロナの時代』高橋源一郎(朝日新聞出版)

【選考委員 土井一輝】
高橋源一郎の、平易だが優しく強靭な文章で編まれた新しい「教科書」。今作は丁寧に何度でも読み直されねばならない。ともすれば忘却し見過ごしがちな知識という宝石を、日常のすぐ近くで発掘する術が散りばめられているからだ。そしてそれらは、コロナや迷走する政治に覆われ混沌とする今日を照らす灯りになってくれる。

紀伊國屋じんぶん大賞2021の全ラインアップは公式サイトで!

「紀伊國屋じんぶん大賞」は、おかげさまで第11回目を迎え、今回も読者の皆さまから数多くの投票をいただきました。誠にありがとうございます。投票には紀伊國屋書店社内の選考委員、社員有志も参加いたしました。投票結果を厳正に集計し、ここに「2020年の人文書ベスト30」を発表いたします。
※2019年12月〜2020年11月(店頭発売日基準)に刊行された人文書を対象とし、2020年11月1日(日)〜12月10日(木)の期間にアンケートを募りました。
※当企画における「人文書」とは、哲学・思想/心理/宗教/歴史/社会/教育学/批評・評論に該当する書籍(文庫・新書含む)としております。

紀伊國屋書店
※この記事の内容は掲載当時のものです

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