戦争と歴史を描いたエンタメ小説7作 長浦京、佐々木譲、松井今朝子など

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エンタメ書評

[レビュアー] 末國善己(文芸評論家)

 文芸評論家・末國善己がセレクトして紹介する新エンタメ書評。戦争のニュースが尽きない今だからこそ注目したい、戦争と歴史を描くエンターテインメント小説とは?

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 長浦京『プリンシパル』(新潮社)は、太平洋戦争の敗戦から一九五五年の保守合同までの戦後史を切り取っている。第十九回大藪春彦賞を受賞した『リボルバー・リリー』の小曽根百合が一騎当千の猛者なら、本書のヒロインは命令に忠実な暴力のプロ集団を率いる指揮官であり、バイオレンス・シーンがパワーアップしている。

 関東最大級のヤクザ水嶽本家の一人娘で、家業を嫌い教師になった綾女は、終戦の日、父が重態との電報を受け疎開先の長野から東京に帰るが、その夜、父が亡くなった。すぐに水嶽本家は敵組織に襲撃され、乳母の家にいた綾女は、拷問に耐え綾女の隠れ家を口にしなかった乳母一家が惨殺され、幼馴染みが重傷を負ったことを知る。激怒した綾女は、戦時中に水嶽本家が請け負った仕事を利用し、堅気を巻き込むことも厭わない殲滅戦で複数の敵組織を壊滅に追い込み、敵に内通した裏切り者も残酷な方法で粛清した。この作戦で古参幹部に認められた綾女は、二人の兄が復員するまでの代理として水嶽本家のフロント企業の社長代行となる。

 ヤクザを主人公にすることで、食料も日用品も不足していた終戦直後の物流をヤクザが担っていたことや、日本の大物政治家やGHQの汚れ仕事を引き受けていたことなど、終戦直後の裏面史が活写されるのも興味深い。

 圧倒的な武力で巨大な組織と互角に渡り合う綾女は、戦後日本の繁栄を成立させた、目の前の暴力と他国との戦争をなかったことにするという欺瞞と、偽りの平和がいつまでも続かない現実を暴いているのである。

 松井今朝子『愚者の階梯』(集英社)は、昭和初期を舞台にした『壺中の回廊』『芙蓉の干城』に続く歌舞伎ミステリ三部作の完結編である。

 一九三五年。満州国皇帝溥儀が来日し、亀鶴興行は奉迎式で歌舞伎の名作『勧進帳』を上演したが、国粋主義者が台詞に不敬があると抗議してきた。その後も苦情が相次ぎ、江戸の狂言作者の末裔で大学講師の桜木治郎に台詞の修正を頼んだ亀鶴興行の専務・川端が、舞台装置で首を吊った状態で発見される。台詞の修正を拒んだため川端が自殺したと考えた治郎が調査を始めると、舞台装置には川端の体重を支えるほど強度がなく、警察も検視結果などから他殺を疑っていることも分かってくる。

 大道具方の棟梁も殺され連続殺人に発展した事件は、誰が犯人で、どのように川端を殺したのかを軸に進んでいく。映画人気で歌舞伎が娯楽の頂点ではなくなり、大日本帝国憲法の定説だった天皇機関説を支持した美濃部達吉が不敬罪で取調べを受け、亀鶴興行の関東の劇場買収のような市場独占化が進むといった時代背景が謎解きにからむだけに、圧倒的なリアリティがある。

 過激な批判が表現者の自主規制を生み、それが世論を誘導する危険性は現代も変わらないので、本書を読むと同じ過ちを繰り返していないかを考えてしまうだろう。  日露戦争に敗れロシアに占領統治された近代日本を舞台にした歴史改変SF『抵抗都市』『帝国の弔砲』を発表している佐々木譲の『裂けた明日』(新潮社)は、内戦下の日本を描く近未来SFである。

 福島県の双葉町から郡山、会津若松、新潟県新潟市を結ぶラインで分断され、平和維持軍の管理下で北を盛岡政府が、南を国民融和政府が支配する日本。北で暮らす元市役所職員の沖本は、反政府活動をしたとして民間防衛隊に追われる大学時代の友人の娘・酒井真智とその子・由奈を匿った。沖本は南へ行く二人を車で送る途中で防衛隊と争いになり、成り行きで国境を越えてしまう。だが目的地の東京に入るには許可証と審査が必要で、三人は東京の郊外を転々としながらその方法を探す。

 北朝鮮と韓国が統一してできた高麗連邦が、南海大震災を機に直接的な排斥運動の脅威にさらされた自国民を保護するため戦端を開いたのが、日本分断の発端とされている。これは現代日本で、排外主義が一定の支持を集めている現状への痛烈な批判であり、分断国家となった日本は、格差の広がりや様々な価値観の対立が社会を分断している現在の状況を象徴的に描いているのである。

 百合文芸小説コンテストに投稿した「月と怪物」が、SFアンソロジー『アステリズムに花束を』に収録されデビューした南木義隆の『蝶と帝国』(河出書房新社)は、帝政末期のロシアが舞台の百合歴史小説である。主人公のキーラが作る料理やお菓子は、レシピとして使えそうなほど手順が細かく描写されているので、実際に作ってみたくなる読者もいるのではないかと思えた。

 東洋人の男に救われた孤児のキーラは、オデーサのユダヤ人地区の施設で育ち帝国貴族の家の料理人になる。ユダヤ人の友人と遊び、貴族の娘エレナと同性愛の関係になったキーラの平凡で幸福な日々は、ロシア人の少年が殺されユダヤ人地区に捨てられたことで一変する。この事件は迫害されていたユダヤ人への憎悪を煽り、ロシア人の暴徒がユダヤ人地区を襲う。施設の子供たちを失い絶望したキーラは、オデーサを離れた。オデーサで名料理人だったアフリカ系アメリカ人のヘンダーソンの協力もあり、モスクワで料理店の経営に成功したキーラは、バレエ・ダンサーになったエレナと再会するが、ロシア革命の勃発で資本家として排斥されてしまう。

 ユダヤ人地区で育ち、同性愛者というマイノリティのキーラは宗教や国家に迫害を受け、権力は右も左も弱者を平然と切り捨てる現実も目にする。これは偶然だろうが、ロシアが侵攻しているウクライナから始まる物語は、現在進行形の社会問題をなぞりながら進むので、厳しい現実とどのように向き合うべきかを考えさせられる。  一八八六年にフランスで建造された巡洋艦畝傍は、日本に回航される途中で行方不明になった。この史実をベースにした斉藤詠一『一千億のif』(祥伝社)は、なぜ畝傍が消えたかなど幾つもの歴史の謎に挑んでいる。

 南武大学社会学科三年の坂堂雄基は、有名企業と繋がっているとの説明会の言葉を信じ、有賀准教授の研究室に入った。だが就職に有利というのは嘘で、歴史のifを研究する有賀は歴史学者からも社会学者からも異端視されていて、研究室には院生の冬木小春しかいなかった。

 曾祖父とその弟が先の大戦に出征した雄基が、残された日記や公文書を読み解き、意外な真相を導き出す第一話「帰還」は、戦時下しか成立しないトリックが面白い。この調査の過程で、曾祖父が戦地から学術的に貴重な品を持ち帰っていたらしいことが判明し、その品と畝傍との関連性も浮上する。雄基たちが様々な史料を紐解き、畝傍が消えた謎や貴重な品は何かを推理する展開は秀逸な歴史ミステリになっている。宝を狙う謎の組織との争奪戦も用意されており、伝奇小説としても楽しめる。

 歴史に興味がなかった雄基が、歴史研究の重要性を学んでいくプロセスは、歴史は受験のための暗記や、過去の事件を物語的に楽しむだけのものではないと気付かせてくれるのである。

 小路幸也『素晴らしき国』(角川春樹事務所)は、著者には珍しい歴史小説である。  大学で社会学を教える「私」は、学生が北海道で聞き取りをした女性を描いた肖像画が、家に戦国時代から伝わる絵の女性と似ていると気付く。「私」が女性に連絡すると、二十年後に話をするという。約束の通りに「私」が女性を訪ねると、女性は二十年前の姿のままだった。女性は、戦国時代のある国の話を始める。

 ふじみ様が治める〈いよの国〉は、農業、工業、武術などの専門家を育て、男は武士や技術者として、女は養女や妻として戦国武将の元へ送り、争いがない〈素晴らしき国〉を作ろうとしていた。

 〈いよの国〉の教育は、なぜ武器や防具を作る技術が発達するのか、なぜ指導者は国を豊かにするために争いを選ぶのかなど、戦争が起こり拡大する普遍的なメカニズムと、それを阻止する方法を教えてくれる。ただ〈いよの国〉の叡知をもってしても〈素晴らしき国〉の実現は難しかったのだが、ようやく長井新九郎(後の斎藤道三)と織田信長に可能性を見出す。物語はここで幕を下ろしているので、続編を期待したい。

 赤神諒『はぐれ鴉』(集英社)は、九州にある竹田藩で起きた大量殺人事件の謎を解く時代ミステリである。

 江戸初期。竹田藩城代の山田嗣之助の一族郎党二十四名が惨殺された。唯一生き残った嗣之助の次男・次郎丸は、叔父の玉田巧佐衛門の犯行を目撃。難を逃れ江戸に出た次郎丸は、名を山川才次郎と変え、家族の仇を討つため剣の修行に励む。それから十四年、才次郎は剣術指南役として竹田藩に迎えられた。

 人を食い殺す一ツ眼烏や美女を呪う八尺女、地中を走る鳥など物ノ怪の伝承が残る竹田藩は、全国から名士を招いている家老の三宅宣蔵の方針もあり武より文を重んじ、剣術道場に人が集まらなかった。仇の巧佐衛門は、水害を防ぐ堤防を造るため領民と一緒に汗を流す変わり者ゆえにはぐれ鴉と呼ばれていた。竹田藩の秘密を探る公儀隠密の篤丸と調査を開始した才次郎は、善政を行い領民に慕われている巧佐衛門は本当に殺人犯か、仇として斬るべきか迷い始める。才次郎は巧佐衛門の娘・英里に想いをよせ、二人の恋の行方も物語を牽引していく。

 張り巡らせた伏線だけでなく、史実も使って組み立てられる真相は、大量殺戮の意外な動機やなぜ才次郎は殺されなかったのかにも合理的な説明がなされ、そのスケールの大きさに驚かされるだろう。謎を解いた才次郎が藩の派閥抗争に巻き込まれ、理想の為政者とは何かが問われる終盤には、社会推理小説的な広がりもある。

協力:角川春樹事務所

角川春樹事務所 ランティエ
2022年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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