川本三郎「私が選んだベスト5」

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  • 老年の読書
  • 映画の香気-私のシネマパラダイス-
  • 姫路回想譚
  • オールド台湾食卓記

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川本三郎「私が選んだベスト5」

[レビュアー] 川本三郎(評論家)

 松井今朝子『愚者の階梯』は、歌舞伎に精通した著者ならではのミステリ。

 昭和十年の東京。木挽座(モデルは歌舞伎座)で興行会社の重鎮が大道具にロープをかけ首をくくって死ぬ。

 その死の謎を早稲田大学で教鞭を執る桜木治郎が探偵役となって追う。

 著者にとっては『壺中の回廊』『芙蓉の干城』に続く昭和三部作の完結篇。

 昭和十年といえば翌年には2・26事件が起る暗い時代。軍国主義が世をおおってきている。

 その戦争前夜の日本が背景にあり、歴史物語としても読みごたえがある。

 高齢化社会になってシニア向けの本が多く出版されるようになった。その多くは老いをどう迎えたらいいかを語ったハウツーもの。

 それに対し前田速夫『老年の読書』は、本に焦点を絞った豊かな教養書。

 一九四四年生まれの元『新潮』編集長は退職後、癌を患い、その後、猛然と読書に没頭した。

 その読書の量と質が凄い。キケロや鴨長明らの古典から、ハイデガーの哲学書、さらに永井荷風や内田百間らの文学者まで。

 先人たちの死と老いについての考察が病後の身を力づける。

 映画監督や脚本家の仕事に比べプロデューサーの仕事はなかなか分かりにくい。

 荒木正也『映画の香気 私のシネマパラダイス』は『東京裁判』『螢川』『死の棘』などを手がけたプロデューサー(一九三〇年生まれ)の回想記。

 これを読むと製作者の仕事は大変だと分かる。

 製作費の調達、キャスティング、宣伝、さまざまなトラブルの対処。

 なかでも大仕事は個性の強い監督との付き合い。『東京裁判』の小林正樹監督との確執はすさまじい。

 荒木氏はこの本が出来上がったのを見届け、翌日他界したという(九十一歳)。

 池内了『姫路回想譚』は一九四四年生まれの科学者の“私が子どもだった頃”。

 戦後の貧しい時代に兵庫県の姫路で育った。当時、家のまわりはまだ農村だった。だから池内少年は家族と田植えをはじめ米作りの仕事をする。春には竹藪でタケノコ掘りをする。昭和の子どもは働く子ども。

 仕事が楽しみになっている。池内家では父親が昭和二十六年に四十八歳で病没。母親は五人の子どもを抱えて苦労した。

 だから子どもたちは母を悲しませまいと努力したという。けなげ。

 二〇一九年に亡くなったドイツ文学者の池内紀さんは著者の兄になる。

 台湾好きが確実に増えている。洪愛珠『オールド台湾食卓記 祖母、母、私の行きつけの店』は発売一ヶ月で神保町の東京堂書店恒例の週間ベストセラーの第一位になっていた。

 一九八三年生まれの著者が祖母や母親に作ってもらった昔ながらの家庭料理を思い出し、レシピを紹介しながら再現してゆく。台湾で懐しいと大評判になった。

新潮社 週刊新潮
2023年1月5・12日特大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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