川本三郎「私が選んだベスト5」 年末年始お薦めガイド2016-17

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  • 氷の轍
  • いつか見た映画館
  • 台湾少女、洋裁に出会う--母とミシンの60年
  • 四人の交差点
  • 山之口貘詩集

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【年末年始お薦めガイド】私が選んだBEST5 川本三郎

[レビュアー] 川本三郎(評論家)

 犯罪は悲しい。被害者だけではなく加害者もまた暗い過去を背負っている。

 桜木紫乃『氷の轍』は釧路で起きた殺人事件を追う刑事が札幌から青森、八戸へと捜査の旅を続ける。

 犯人が分かった時、昭和の貧しさを生きた人間の悲しみが浮き上がる。

いつか見た映画館』の著者、大林宣彦監督は昭和十三年生まれ。七歳の時、終戦を迎え、その直後から、映画の洗礼を受けた。

 昨日まで敵国だったアメリカ映画に「目が眩むほどの衝撃」を受けた。明るく豊かで民主主義の精神にあふれていたから。

 辞典なみの大著。シニアには懐しい映画ばかり。

 台湾はいま、かつてないほど日本人に愛されている。台湾の人間も日本人を受け入れてくれる。相思相愛。

 鄭鴻生『台湾少女、洋裁に出会う』は、日本統治下の台南で育った女性(著者の母親)が、洋裁の楽しさを知り、戦後、洋裁学校を開き、成功してゆく。

 女性の自立が難しかった時代に、手に職を持ち、洋裁でわが道を生きる。少女時代、日本の婦人誌『装苑』を見て独力で洋裁を学んだというのが面白い。

 キンヌネン『四人の交差点』は珍しいフィンランドの小説。十九世紀末から二十世紀末までの家族史。

 ここでも女性の自立が難しかった時代に、助産師として生きた祖母の物語から始まる。そして第二次世界大戦(ドイツと共にソ連と戦った)を経て現代へ。

 この北国では近年まで同性愛は男女とも禁じられていたという。法律で罰せられた。そのことが物語に秘密を、暗いかげりを作る。

山之口貘詩集』は、いまも愛され続けている沖縄生まれの詩人の作。決して難解ではない。誰もが使う普通の言葉で、放浪を、貧しい暮しを語る。

 飄逸なユーモアが現代人の冷えた心を慰める。

新潮社 週刊新潮
2016年12月29日・2017年1月5日新年特大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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