[本の森 ホラー・ミステリ]『AX』伊坂幸太郎/『ホテル・カリフォルニアの殺人』村上暢ほか

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[本の森 ホラー・ミステリ]『AX』伊坂幸太郎/『ホテル・カリフォルニアの殺人』村上暢ほか

[レビュアー] 村上貴史(書評家)

 兜は殺し屋だ。腕の立つ殺し屋だ。“医者”の差配に基づいて人を殺す。そんな仕事をずっと続けてきたが、子供が出来たころから引退を考え始めた。その克巳はもう高校生。五年前に兜は医者に引退したいと告げたが、医者はそれを許さず、そのまま今日に至っている……。

 伊坂幸太郎『AX(アックス)』(角川書店)は、『グラスホッパー』『マリアビートル』の続篇であり、引退を目論む殺し屋の葛藤を、彼の家庭生活とともに描いた。妻の顔色を気にしつつ、一方でなんとか殺し屋を引退しようとする兜。著者は彼の公私を描きわけ、兜の覚悟をしっかりと語りながら、読者を結末へと誘導していく。その手際は相変わらず抜群になめらかだ。そのなめらかな手つきで伊坂幸太郎は衝撃的な一文を放ち、続く後半四割を巧みに構成した。調査、殺人、家族、恋愛など様々な糸を自在に操り、さらに克巳という好漢を要として活かして、複数の人間と複数の時代を、プロの凄味が宿った美しい一つのタペストリーとして編み上げたのだ。いやお見事。

 村上暢『ホテル・カリフォルニアの殺人』(宝島社)は、二〇一三年の『このミステリーがすごい!』大賞最終候補作を改稿したデビュー作。セミプロのロックンローラー富井仁は、アメリカでのヒッチハイクの途中、あれこれとまあ愚かしい理由でモハーベ砂漠を徒歩でさすらう羽目に陥り、その砂漠のなかにポツンと存在する謎めいたホテル――ホテル・カリフォルニア――に転がり込んだ。そこで歌姫なる女性が密室状況でナイフで刺されて死亡する事件が発生し、富井仁がその謎に挑む。小説の素材の選び方は妙だが、それらが奇跡的にバランスしたのが本書だ。イーグルスの曲の数々をモチーフに物語が展開し、“館もの”の新本格ミステリに相応しいトリックが登場し、富井仁ならではの推理が披露される。状況設定の説得力不足はあるが、魅力だけを足し算すればかなりの一品だ。

 昨年『QJKJQ』で江戸川乱歩賞を受賞した佐藤究の新作『Ank: a mirroring ape』(講談社)は、二〇二六年に京都で大規模な暴動が起き、人々が殺し合ったのはなぜか、という謎の解明を通じて、人類とはなにかを問う一作。様々な視点の様々なテキストによるパッチワークというスタイルを採りつつ、主人公像は明確で、彼の熱意や苦悩がしっかり描き出されている。そしてその彼が命懸けで行う謎解きのなんと壮大なことか。ロジックが刺激に富み、かつロジックを超越した“なにか”の存在も感じさせる。映画『2001年宇宙の旅』をマイクル・クライトンが二次創作したら本書になるかもしれない――そんな妄想を抱かせるほどスケールの大きな、それこそ太陽系規模の物語であった。終始緊張感に満ちたとてつもない衝撃作である。

新潮社 小説新潮
2017年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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