• 海の鎖
  • 島田荘司選 日華ミステリーアンソロジー
  • 日本SFの臨界点 中井紀夫
  • クイーンズ・ギャンビット
  • 彼らはどこにいるのか

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大森望「私が選んだベスト5」

[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)

 2004年にスタートした国書刊行会《未来の文学》は、60~70年代の幻の名作を中心にした翻訳SF叢書。ウルフ、ラファティ、ディレイニーなど錚々たる顔ぶれの19冊(18作)を送り出してきた。その20冊目として叢書の掉尾を飾るのが、伊藤典夫編訳のSF短編傑作選『海の鎖』

 斯界の巨匠が60年近いキャリアの中で、これだけは単行本にして遺しておきたいと思う8編を選び抜いたという。結果的に、そのうち5編がファーストコンタクトもの。一番手のナース「偽態」はさすがにやや古めかしいが、あとは現代的な秀作が揃う。ドゾワの表題作は、学校にも家庭にも居場所のない少年の視点からエイリアンの侵略を痛切に描く名品。その他、原爆100周年記念に広島に原爆を再投下しようとするイベントを描いて日本SF界に大激震をもたらしたオールディス「リトルボーイ再び」とか、TVトーク番組のゲストとして招かれたエイリアンが茶の間の人気をさらうモレッシイ「最後のジェリー・フェイギン・ショウ」など、あくの強い作品が並ぶなか、数十年ぶりに読み直して感嘆したのは、ファーマー「キング・コング墜ちてのち」。フェイ・レイが主演した1933年の映画『キング・コング』が実話だったという設定で、現場に居合わせた人物が後年“その夜”をしみじみと回想する。

 対する『島田荘司選 日華ミステリーアンソロジー』は、華文作家3人と日文作家4人(選者含む)の新作・商業誌未発表作を集める競作集(華文3作は稲村文吾訳)。巻頭を飾る陳浩基の中編「ヨルムンガンド」は量子力学と多世界解釈がからむ本格SFの力作。知念実希人「七色のネコ」は人気の高い《天久鷹央》シリーズの新作で、何者かに色を塗られた猫があちこちで見つかる事件の謎に天久が挑む。陸秋槎「森とユートピア」は、南太平洋の小島に理想郷を築こうとした19世紀英国人たちが惨劇に見舞われる手記の謎をめぐるヴィクトリア朝小説。林千早の寓話風書簡体ミステリ「杣径」もすばらしい。

 続く『中井紀夫 山の上の交響楽』は、埋もれた名作を発掘する伴名練編の短編選集《日本SFの臨界点》の作家別シリーズ第一弾。表題作は、演奏に一万年もかかる交響楽を山頂の奏楽堂で演奏しつづける楽団の舞台裏をリアルかつコミカルかつ感動的に描く奇想小説の名作。書籍初収録作では、《タルカス伝》外伝「神々の将棋盤」と著者の真骨頂たる宇宙奇想寓話「花のなかであたしを殺して」も見逃せない。

『クイーンズ・ギャンビット』は、『ハスラー』『地球に落ちて来た男』の原作で知られるテヴィスのチェス小説(1983年刊)。孤児院の少女がチェスを知ることで自我に目覚め、世界的なプレイヤーとしてのし上がっていく。長年邦訳が待ち望まれていた名作だが、Netflixのドラマ版が大ヒットしたおかげでついに刊行が実現。ドラマだけではわかりにくい部分もしっかり描き込まれている。

 クーパー『彼らはどこにいるのか 地球外知的生命をめぐる最新科学』は、最近なにかと話題のファーストコンタクトをテーマにしたノンフィクション。多くのSF作品を引き合いに出しつつ地球外知的生命探査の歴史と現状が語られる。《三体》の副読本にも最適。

新潮社 週刊新潮
2021年8月12・19日夏季特大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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