映画好き編集者による回想記

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祝祭の日々

『祝祭の日々』

著者
高崎俊夫 [著]
出版社
国書刊行会
ISBN
9784336062482
発売日
2018/02/27
価格
2,860円(税込)

映画好き編集者による回想記

[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)

 対象へののめり込みかたが伝わる素晴らしい映画本を数々、世に送り出してきた編集者による回想記。ネットに連載されていたときも時折、読んでいたが、こうして一冊になると、まさに祝祭的な熱気と活気があふれ出すようで楽しい。

 著者は筋金入りの映画好きである。いまのようにDVDやネット配信もなく、手軽にビデオを個人輸入することもできなかった時代、熱心な映画ファンは同好の士を集めて内輪の上映会を開いて観たい映画を観た。なかなか観られない不自由さのなかでようやく観ることができた喜びは、小さな集まりに特別な親密さをもたらす。村上春樹や川喜多和子の自宅で開かれたという上映会の空気をその場にいあわせなかった者にも伝える。

 すぐれた編集者である一方で、「呪われた編集者」と自嘲気味に書くように、「スターログ日本版」「イメージフォーラム」など在籍した雑誌の廃刊もたびたび経験してきた。この四十年間を映画専門の編集者であり続けるのはたいへんなことだったと思うが、映画以外の雑誌の編集をしていた一時期も、フリーランスになってからも、どんな時でも著者は映画を観続け、批評を発信してきた。

 編集者としての原稿依頼のほか、映画人へのインタビューも行い、映画祭や特集上映の企画者となることも多かったので、映画史的に重要な場面に何度も立ち会ってきた。たとえば淀川長治と蓮實重彦の初対面の挨拶を目撃、レオス・カラックスが高峰秀子に会う橋渡しにも一役買っている。

「映画と文学のあいだで」「映画、そしてジャズで踊って」のパートが初めに置かれていることからもわかる通り、文学、ジャズへの造詣も深い。このことが著者の映画の見方に独得の幅と厚みを与えているのだが、どうやって時間を振り向けたら、これぐらい映画、文学、音楽それぞれにのめり込むことができるのだろうと圧倒される。

「偏愛する映画作家たち」では映画史の常識とは異なる見方が示され、「同時代とジャーナリズムと」では映画批評への思いが真摯につづられる。「キネマ旬報」の読者投稿論に載った論考まで取り上げる博捜ぶりに驚くが、長年続けているらしいスクラップのたまものだろうか。

 最後の「メモリーズ・オブ・ユー」と題した、追悼のパートが本書で最も分厚い。同時代人の肖像はどれもすばらしいが、なかでも「〈元祖オタク〉のシナリオライター、山崎忠昭について」「映画狂のミステリー作家、小泉喜美子の思い出」の、彼らが抱え込んだ孤独に向ける視線が優しい。だが劇的な生き方の二人以上に忘れがたいのが、最後に置かれた、熱烈な加藤泰ファンだったという翻訳者袴塚紀子への静かな追想である。

新潮社 新潮45
2018年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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