『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』
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【『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』最終回記念対談】ブレイディみかこ×坂上香/「ささいな言葉」が奇跡を起こす
[文] 新潮社
安全な場所だから語れる本音
坂上 自分の考えや感情を表現する言葉をもっていないひととは逆に、無意味な言葉を羅列する詐欺犯のようなひともいます。そういうひとがTCプログラムを受けていると、突然喋らなくなることがある。自分の言葉の空虚さ、無意味さに気づくんですね。それからややあって、ぽつりぽつりと語り始める。これも別のルートでの言葉の獲得です。
いずれにせよ、獲得した言葉で本音を語るには、そこが自分をさらけ出しても安全な場所であることが前提になります。
ブレイディ 安全基地ですね。
坂上 はい、わたしたちはサンクチュアリとも呼んでいます。今回の映画の中で紹介した「拓也」は、詐欺と詐欺未遂の罪で2年4ヶ月の実刑判決を受けていますが、生まれてから心休まる安全な場所をもったことなど一度もないと言います。
親の暴力から逃れるために、2週間に1、2回は家出していたそうです。裸足で逃げ出すこともたびたびで、それを繰り返しているうちに感じるのは寒さや痛みだけという状態になり、感情が動かなくなっていった。それでも彼は生き延び、施設に預けられ、そこで育ちました。幼少期の記憶はあまりなく、唯一覚えているのは、ほんの短い間母親と暮らしていたときに使っていたシャンプーの匂いだけ。18歳頃から複数の女性の家を転々としながら、自分には帰る場所がないと感じていたそうです。
ブレイディ 拓也にとって、TCは心休まる安全な場所になった。
坂上 自分の話をちゃんと聞いてもらえるという体験が他者への信頼につながり、幼い頃のつらい記憶を聞いてもらうことで少しずつ感情がよみがえって、やがて生きたいという欲求を自覚できるようになりました。皮肉にも刑務所という場で。
ブレイディ 言葉を使って自分を認識し直し、言葉を交わして他者と関わる。言葉は奇跡を起こせるんですね。
坂上 ほんとうにそう思います。TCで参加者が一生懸命語っていると、最後の最後で「なんでこのグループはネガティブな話だと盛り上がるんでしょうね」なんて冷や水を浴びせて場を壊そうとする冷笑系のひとがいるんです。でも、そういうひとを追いかけていくと、1年後には涙を流しながら自分の生い立ちを語っていたりする。安全な場所が言葉の力を引き出すんです。
ブレイディ 人は変われるんですよね。傷害致死で実刑判決を受けた「翔」もそうでした。
坂上 暴力を受け、自分も暴力をふるってきた彼の人生のなかで、暴力はあたりまえのものだった。彼は自分に殺されたひとにも非があると考えており、その一方で、人を殺した自分が生きてちゃいけないという思いにもとらわれていました。ところが、TCのロールプレイや「二つの椅子」によって考えることを許されたと感じるようになり、とらわれから逃れて前に進むきっかけを得ます。別のユニットに移ってからも学んだことを実践していて、「翔に勧められたから」「翔みたいになりたくて」という理由でTCを希望する受刑者は多いんです。