痛快かつ刺激的! ミステリ書評家・村上貴史さんが紹介する今もっともアツい4作品

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[本の森 ホラー・ミステリ]『熔果』黒川博行/『捜査線上の夕映え』有栖川有栖/『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬/『二人がかりで死体をどうぞ』瀬戸川猛資、松坂健

[レビュアー] 村上貴史(書評家)

 黒川博行『熔果』(新潮社)は、堀内・伊達コンビの第四作。大阪の腕利きマル暴刑事だった二人は、わけあって民間人となり、裏社会と繋がった競売屋関連の仕事をしている。二〇一八年、物件の不法占有者の排除を担当した彼らは、その人物が未解決の五億円金塊強奪事件に絡んでいることを察知し、金塊を追って動き出す……。

 主役二人が輝いている。性格も体格も家庭状況も異なるが相性は抜群という堀内と伊達は、事件に関係したヤクザや半グレを探しだし、腕力や知恵を駆使して金塊を追い続けるのだが、行動もセリフもキラキラしている。さらに、彼らの暴れっぷりがロードノベルとして描かれているのも嬉しい。BMWのオープンカーで西日本を走り回り、嘘もつけば銃も撃つというキュートな悪役たちとぶつかりあうのだ。痛快の極みである。そんな旅のなかで彼らの生き方も深く描いた本書、とことん上出来だ。

 大阪をもう一つ。有栖川有栖『捜査線上の夕映え』(文藝春秋)は、臨床犯罪学者の火村英生とミステリ作家有栖川有栖のコンビのシリーズ最新作。コロナ禍の大阪、マンションの一室で男が殺された。容疑者は数人に絞り込まれたが、そこからが難航した。各人に鉄壁のアリバイがあったのだ。かくして大阪府警は火村に出馬を要請……。警察と連携しながら事件を粘り強く調べる火村の姿だけで、これほどまでに読ませるとは。捜査、新情報、推理、新たな疑問――基本的にはその繰り返しだが、知的刺激たっぷりで抜群に心地良い。しかもそこに異質な“筋”が織り込まれているというベテランならではの刃もあれば、旅情や景色という別の魅力もある。もちろん“あの伏線があのトリックに結びつき、あの壁が崩されるのか!”という驚きも味わえる。まことに愉しく読めました。


『二人がかりで死体をどうぞ』
瀬戸川猛資,松坂健[著](書肆盛林堂)

 アガサ・クリスティー賞大賞受賞作の逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』(早川書房)は、一九四二年、母を独軍の狙撃兵に殺され、“戦うのか、死ぬのか”の選択を迫られたソ連の少女セラフィマが主人公。敵を討つ道を選び、狙撃兵となった彼女が、実際に人の命を奪う経験を重ね、また、戦闘の現場での女性の扱われ方のリアルを知っていく様を圧倒的な筆力で描ききった本作は、狙撃の攻防のスリルを生々しく体感させてくれるとともに、死の重さ(仲間の死)と軽さ(狙撃成績としての殺害者数)を両面で理解させてくれもする。さらに女性を最前線に投入したソ連の特殊性や、終盤に配置されたサプライズなどもセラフィマを通じて語られていて素晴らしい。本稿執筆時点では結果は出ていないが、直木賞へのノミネートも納得の出来映えだ。

 最後にもう一冊。『二人がかりで死体をどうぞ』(書肆盛林堂)は、瀬戸川猛資松坂健が七〇年代に発表した原稿を中心とした時評集。当時二〇代の俊英二人(残念ながらともに故人)の論の冴えと筆の熱さは、全く色褪せておらず今でも刺激的だ。

新潮社 小説新潮
2022年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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