『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』
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【『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』最終回記念対談】ブレイディみかこ×坂上香/「ささいな言葉」が奇跡を起こす
[文] 新潮社
国内に60以上ある刑務所のなかで唯一「セラピューティック・コミュニティ(TC)」という先進的なプログラムを取り入れている刑務所をご存知だろうか? 受刑者同士が言葉を交わすことで自分を見つめなおすきっかけを作るプログラムの現場を撮影した映画監督の坂上香さんが、「世界一受けたい授業」でエンパシーの重要性を解説したブレイディみかこさんを相手に、撮影の裏側や更生プログラムの内容、そして受刑者の心がどう変化したのかについて語った。
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坂上香(以下:坂上) 『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』は9つも受賞したそうで、おめでとうございます。それにしても息子さん、しっかりしていますよね。
ブレイディみかこ(以下:ブレイディ) ありがとうございます。どっちが親か、わからなくなるときもあります(笑)。わたしが取材を受けたりするのが得意じゃないのを知っているので、今回の来日前には「こんなに取材してもらえることなんてそうないと思うから、エンジョイしてくるといいよ」と励ましてくれたり、「インタビューっていうのは退屈なくらいがちょうどいい。勢い込んで喋ったら炎上するから」とアドバイスしてくれたり。いま13歳ですが、あの年頃の子どもは本当にぐんぐん成長していきますね。
そうかと思うと、ヘンリー王子がプライベートジェット使用で批判されているのが念頭にあったのだと思うんですが、「飛行機で何度も日本に来ていることについて何か言われるかもしれないね。でも大丈夫。母ちゃんは車も運転できないし、自転車が好きだからグリーンだよ。それでも批判されたら『ボートで来たら何日かかると思うんですか』って切り返せばいい」なんて言ったりもして、思わず笑ってしまいました。
坂上 やっぱりしっかりしている(笑)。わたしにも17歳の息子がいて、オルタナティブな高校(競争原理や点数序列、不必要な管理を排除し、自由を重んじる校風)に通っているんです。学校行事では必ず合唱があるし、音楽祭の様子もけっこう似ているので、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』はまるで自分たちのことのように読みました。それに、実はわたしもブレイディさんと同じ1965年生まれなんです。
ブレイディ え? そうなんですか?
坂上 中1の終わりに東京の八王子に転校してきたんですが、そこは番長が校長の顔を殴って歯を2本折り逃走中、というような学校でした。
ブレイディ 校舎のガラスが割られていたような時代でしたからねえ。
坂上 いい子とヤンキーが教室の前と後ろに別れて座っていて、後ろのほうの席にはシンナーでラリって授業中に教室から出て行ってしまう生徒もいて。そこで中2のときにいじめの対象になって15人による集団リンチを受けたこともあったんです。それが暴力について考えるようになった根っこのひとつにあります。
ブレイディ そうだったんですか。わたしもヤンキー中学校に通っていました。そこから、どういうわけか進学校に進んだのですが、あまりにいろいろな同級生がいる中学校から来たから、なんだかみんな同じに見えました。あるとき教室の中で振り向いたら、みんな同じリズムでノートを取っていてゾッとしたのを覚えています。
坂上さんが監督された『プリズン・サークル』を観て、ぜひお会いしたいと思い、ご連絡させていただきました。
坂上 光栄です! 『女たちのテロル』以降、ブレイディさんの作品にはまってしまったので。
ブレイディ 自分の思い込みをガツンと殴られるような、すごいドキュメンタリーでした。これは“闇落ち”しない『ジョーカー』だと思って、観た直後にコメントをお送りしたんです。
――ブレイディさんのコメントを紹介しましょう。
【人の苦しみがすべて他者との関わりから生まれるのなら、それを癒すのもまた他者との関わりでしかあり得ない。他者と関わる手段は「会話」であること、暴力へのカウンターは「言葉」であることに改めて思いを巡らせました。全刑務所でTCが導入されればと思います。】
TCというのはセラピューティック・コミュニティの略ですよね。
坂上 はい。わたしたちは回復共同体と訳したりもしていますが、「サークル」と呼ばれる車座での対話によって受刑者たちが犯罪の原因を探り、問題の対処法を身につけることを目指す教育プログラムです。それを日本で唯一採用している男子刑務所「島根あさひ社会復帰促進センター」が映画の舞台です。2008年に開設された、官民協働型の先進的な刑務所です。