【ニューエンタメ書評】高殿円『シャーリー・ホームズとバスカヴィル家の狗』、米澤穂信『巴里マカロンの謎』ほか

レビュー

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  • 歌舞伎座の怪紳士
  • シャーリー・ホームズとバスカヴィル家の狗
  • 欺瞞の殺意
  • 巴里マカロンの謎
  • 宝の山

書籍情報:openBD

エンタメ書評

[レビュアー] 大矢博子(書評家)

 ネットで興味を惹かれる記事を見つけた。カステラで有名な老舗が、大正時代のレシピによる生地でパンケーキを作っているというのだ。
 パンケーキにはさほど萌えるタチではないのだが、これには惹かれた。もともとはどら焼きの生地を「現代風にアレンジ」したという。うん、食べてみたい。新と旧のコラボってのは、時々面白いものを生み出すなあ。
 というわけで今回は新旧が融合したミステリをご紹介。
 歌舞伎とニート、という組み合わせで読ませてくれたのが近藤史恵『歌舞伎座の怪紳士』(徳間書店)だ。
 二十七歳の岩居久澄は現在無職で、母親と同居している。パニック障害を患ったための退職だったが、母と姉の稼ぎで生活できるとはいえ、将来のことを思えば不安は拭えない。そんなとき祖母からバイトを持ちかけられる。祖母の代わりに芝居を観に行き、その感想を伝えてほしいというのだ。
 最初のバイトは歌舞伎。意外なほど楽しんだ久澄だったが、客席で奇妙なできごとを目撃する。気になった久澄が隣席の老紳士に相談したところ……。
 久澄が劇場で出くわしたさまざまな謎を、紳士が解き明かすという個別のミステリの冴えはもちろん、そもそもその老紳士の正体は何なのかという物語を貫く謎が読者を引っ張る。そして本書の最大の魅力は、作中で久澄が観るさまざまな芝居の描写だ。歌舞伎を中心に、オペラやストレートプレイまで。「摂州合邦辻」「京鹿子娘道成寺」「勧進帳」などなど、ストーリーが作中で自然に説明され、素人の久澄がそれを観ることで歌舞伎に馴染みのない読者にも、その魅力が十全に伝わる。実際に舞台が観てみたくなること受け合い。さらに演目の粗筋と久澄が抱える問題が絶妙にシンクロするという構成は実に上手い。
 何より、歌舞伎という新しい世界に触れることで、ニートという立場に鬱々としていた久澄がどう変化していくかに注目。好きなものを持つということが、人をどれほど強くするか。「好き」の力を感じさせてくれる物語だ。
 作中、主人公が聞いたことのあるセリフの出典が歌舞伎だったと知って驚く場面があった。そして彼女は思う。知らなくても楽しいが、知っていればもっとリアルに楽しめるのではないか、と。小説も同じだ。一月から二月にかけては特に、そんな小説が相次いで刊行されている。
 高殿円『シャーリー・ホームズとバスカヴィル家の狗』(早川書房)は、古典中の古典であるシャーロック・ホームズを現代のイギリスを舞台に生まれ変わらせた新旧融合のパスティーシュだ。『シャーリー・ホームズと緋色の憂鬱』に続くシリーズ第二弾となる。
 このパスティーシュが面白いのは、すべての登場人物の性別を原典と逆にしていること。ホームズもワトソンもレストレードもマイクロフトもモリアーティも女性である。ちょっと抜けたところのある女子ワトソンとクールビューティ・ホームズの、アラサーUK女子の共同生活物語なのだ。さらに現代が舞台ということで、モバイルはもちろん、数々のデジタルガジェットが調査に大活躍するのも読みどころ。ハドソン夫人が電脳家政婦って!
 タイトルを見れば一目瞭然、今回は『バスカヴィル家の犬』が下敷きだ。ワトソンの叔母が結婚することになった相手は、デヴォン州の名家・バスカヴィル家の末裔。だがそこには魔犬伝説が……というもので、原典のアレをこう使うかという楽しさと、さらにそこから発展させた仕掛けとサプライズは読みごたえ充分。
 だが単なるパロディではない。軽妙でコミカルなラノベ的語り口の陰から、ごくたまに顔を覗かせるシビアな現実。ワトソンの過去、ホームズの生き方。そこに著者が人物を女性に変えた意味がある。
 なお、同時収録の短編「ミシェール・ホームズとハロッズの段ボール箱」の原典は、もちろん「ボール箱」。ともに原典を知らなくても楽しめるが、本書を読めば原典も読みたくなるはずだ。
 ホームズの次はバークリーを。深木章子『欺瞞の殺意』(原書房)は、アントニイ・バークリーの名作古典『毒入りチョコレート事件』の深木版である。
 昭和四十一年、資産家の楡家で事件が起きた。親族が集まってのお茶の時間のあと、長女がコーヒーに混入されたヒ素中毒で亡くなったのだ。同時に次の後継と目されていた七歳の男児も、毒入りのチョコレートを食べて命を落とした。警察の捜査が進む中、殺された長女の夫が自首、無期懲役が決まって一応の決着を見る。
 それから四十年が経った。関係者の多くが鬼籍に入った中、生き残っていたふたりの間で手紙が交わされることになる。そこには、犯人として捕まった長女の夫は冤罪であり、真犯人は誰だったのかというふたりの推理が綴られていた……。
 多重解決ものの名作『毒入りチョコレート事件』をなぞるように、それぞれ異なる「犯人」を提示する。毒を入れるチャンスがあったのは誰かというフーダニットをメインに、なるほどそこをそう解釈すれば確かに、という知的ゲームの興奮に満ちている。そしてさらにそのあとに仕掛けられた……いや、それは読んでのお楽しみにしておこう。細部までゆるがせにせず、集中してお読みいただきたい。
 続いてはクイーンとの融合だ。米澤穂信『巴里マカロンの謎』(創元推理文庫)は、十一年ぶりの「小市民シリーズ」の新刊である。  甘いもの好きの小佐内さんに誘われ、マカロンを食べに行った小鳩くん。だが小佐内さんが手を洗いに行き、小鳩くんがちょっと目を離した隙に、なぜか小佐内さんのマカロンがひとつ増えていた……という表題作の他、「紐育チーズケーキの謎」「伯林あげぱんの謎」「花府シュークリームの謎」が収録されている。
 どこがクイーンか、というのは説明の必要もないくらいだが、タイトルだ。クイーンの国名シリーズさながらに、国名ではなく都市名をかぶせてのタイトルには思わずニヤニヤしてしまうファンも多いのでは。内容は原典と無関係の、かわいらしい日常の謎(一部、それを超えるものもあり)の青春ミステリだが、徹底してロジックで真相に到達するのは、まさにクイーンばりだ。
 水生大海『宝の山』(光文社)は、岐阜の山間にある村が舞台だ。地震で家族を亡くした希子は伯父の家で養われていた。その伯父が倒れて介護が必要になったため、希子は村の外に出る夢をあきらめることに。村内で結婚も決まり、このまま村で生きていくのだと思っていた時、村おこしのキャンペーンのため雇われていた女性が行方不明になった……。
 対立するふたつの旧家、噂好きで排他的な村人、不気味なよそ者、村から出られないヒロイン……とくれば、これはもう横溝正史である。さらに村には古くから伝わる伝説があるってんだから、その伝説に見立てて死体が蛇と蜘蛛で飾られるくらいのことはあってもおかしくない。
 だが、そんな横溝的舞台をしつらえながらも、現代のミステリであるというのがポイント。むしろ横溝的舞台を現代に置き換えたらこうなる、というひとつの形と言っていい。パソコンやスマホの機能がふんだんに使われる現代的な調査方法と、「村の常識」ですべてが測られてしまうという古い概念が、自然に両立していることに驚かされる。それはとりもなおさず、文明の発達速度に比べて文化の発展は遅滞しているという今の日本の縮図に他ならない。
 それは本書のテーマにも通じる。旧習に囚われた価値観を押しつけられ、仕方なく受け入れていた希子だったが、事件を調べる過程で「そうでなくてもいい」ことを知っていくのである。これはひとりの女性が、自分の生き方を自分で決めていいのだと知るまでの物語でもあるのだ。
 最後に下村敦史『コープス・ハント』(KADOKAWA)を。八人もの女性を惨殺したとして逮捕されていた猟奇殺人犯に死刑の判決が下った。だがその直後、犯人は八件のうち一件だけは自分がやったことではないと明かす。そして真犯人のひとりを殺して「思い出の場所」に隠した、とも。報道は過熱し、「遺体探し」がホットなトピックとなった。
 その事件を追う女性刑事の話と並行して、本書にはもうひとつの筋がある。不登校の中学生・宗太の物語だ。彼は夏休みに、ユーチューバーの知り合いから「遺体探し」に誘われる。その場所を特定する情報があるというのだ。本当に見つけることができれば、動画として相当話題になることは間違いない。かくして宗太は、ふたりのユーチューバー仲間と森へ「遺体探し」に行くことになる。
 こちらの新旧融合は、スティーヴン・キングの『スタンド・バイ・ミー』だ。原作小説より一九八七年に日本で公開された映画で記憶されている方も多いかもしれない。四人の少年が森に死体を探しに行くという話で、十代のリヴァー・フェニックスのかわいらしかったことと言ったら!
 原典もまた「死体を見つければ有名になれる」という動機から出発している。それを動画にしてPVを稼ぐという発想が現代的だ。だがもちろんそれで終わらない。彼らは死体を見つけられるのか、猟奇殺人犯の言ったことは本当なのか、本当だとしたら真犯人は誰なのか。物語は幾重もの謎をはらんで疾走する。
 終盤に明かされるある仕掛けには「ええっ!」と驚くこと間違いなし。テクニカルな本格ミステリでありながら、少年時代の痛みをリリカルに描きあげた青春ミステリでもある。
 知らなくても楽しいが、知っていればもっと楽しい──そんな作品を集めてみた。これを機会に、ぜひ元になった古典にも手を伸ばしてみていただきたい。

角川春樹事務所 ランティエ
2020年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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