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川本三郎「私が選んだベスト5」
[レビュアー] 川本三郎(評論家)
三十七年にわたって書き続けられた宮本輝の大河長篇『流転の海』が完結した(八冊までは新潮文庫にも)。
作者の父親がモデルという。叩き上げの大庶民。豪快にして気っぷがいい。情がある。中国人も在日朝鮮人も差別しない。弱い人間を見ると助ける。
権威にも権力にも頼らず自力で乱世を生き切った「巷の大将」の生きっぷりがみごと。昭和の日本には確かにこんな快男子がいた。
小田実が亡くなって十年余。玄順恵『トラブゾンの猫』は「人生の同行者」だった著者が、行動する作家との旅を回想する。
行き先はトルコ。トラブゾンは黒海に面した、古代ギリシャの植民都市だった。
ベトナム反戦運動を戦った小田実だが、その文学的故郷は古代ギリシャにある。若い時にギリシャ古典を深く勉強した。民主主義とは何かを学ぶために。
その想いが分かっていたから死後、家族は遺骨をギリシャの海に散骨した。この別れの儀式は胸を打つ。好漢が猫を愛したことも。
呉明益『自転車泥棒』は『歩道橋の魔術師』が日本でも評判になった台湾の作家の自転車をめぐる冒険。
仕立屋をしていた父の自転車が盗まれる。「ぼく」がその行方を追ううちにいつしか物語は戦時中の東南アジアのジャングルへ。
自転車に乗った日本兵の銀輪部隊。あるいはゾウ部隊。戦争の記憶と幻想的な物語が溶け合ってゆく。
名翻訳者の天野健太郎さんはこの十一月、癌のため四十七歳で逝った。無念。
井波律子編訳の『中国奇想小説集』は奇想天外、怪異幻想の物語の連続。美女が実は大蛇だったり、寝たきりの美少女が目の前にあらわれたり。昔の中国では異界が現実と隣合わせ。
佐野眞一『唐牛(かろうじ)伝』は六〇年安保闘争の闘士へのレクイエム。敗者に一掬(いっきく)の涙と花束を。