川本三郎「私が選んだベスト5」
[レビュアー] 川本三郎(評論家)
詩人で純文学の作家がこんな愉快で大胆な小説を書くとは驚嘆した。
松浦寿輝『月岡草飛の謎』は筒井康隆ばりの奇想天外な話の連続にしばしば笑いころげてしまう。
月岡草飛なる老俳人がある日、牛丼屋でロマン・ポランスキー監督にばったり会い、トム・クルーズのアクション・シーンを真似た映画を撮ってもらう。こんなホラ話が実に楽しい。
随所にさしこまれる俳句もみごと。
原武史『地形の思想史』は日本各地への旅から生まれた書。岬、峠、島、麓など地形から昭和史が語られてゆく。
峠の章では大菩薩峠での赤軍派の武闘訓練。島の章では瀬戸内の島に作られたハンセン病の施設。麓の章では富士山麓に作られたオウムの拠点。
地形から事件を語ってゆく手法が実に新鮮。
古書店ではベストセラーは二束三文。新刊書店には置かれなかったような本のほうが大事にされる。地味な本は古書店で生き返る。
青木正美『古書と生きた人生曼陀羅図』は、東京の葛飾区で七十年近く古書店を営んできた人による古書業界の裏面史。
幕末からの古書店の紹介など文化史としても貴重。
若き日の江戸川乱歩が開いていた古書店の話。岩波書店は創業者の岩波茂雄が営んだ古書店から始まったなどエピソードも豊富。
大東和重『台湾の歴史と文化』は、これまであまり語られなかった事実が多く台湾好きには必読書。
とくに教えられたのは日本統治時代に、台湾の文化や先住民のことを調べた日本の知識人がいたこと。彼らは台湾の知識人とも深く関わった。いい話。
湯川豊『約束の川』は釣り好きの文芸評論家による釣りエッセイ。魚を求めて渓流に分けいる。静かな隠れ里探索行になっている。