【ニューエンタメ書評】山本幸久『ウチのセンセーは、今日も失踪中』、高代亞樹『勾玉の巫女と乱世の覇王』ほか

レビュー

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  • ウチのセンセーは、今日も失踪中
  • 本のエンドロール
  • 拝啓、本が売れません
  • 勾玉の巫女と乱世の覇王
  • 震える教室

書籍情報:版元ドットコム

ニューエンタメ書評

[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)

特に酷い花粉の季節。外出するのも躊躇いますね。
そんな時は家で読書にかぎる!
今回は、一気読み必至の8作品をご紹介します。

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 今年の花粉症は酷かった。寝ていると、口の中がカラカラに渇き、夜中に起きるということが何日も続いた。四月に入って何日かして、ようやく落ち着いたが、それまで常時、寝不足状態。ということで読書も、面白そうな本を優先した。だって興味を惹かれないと、本を開くのも、最後まで読み続けるのも億劫だったのだ。今回取り上げる本は、そのような状況にもかかわらず一気読みをした作品である。だから、自信を持ってお薦めできるのだ。

 まずは、山本幸久の『ウチのセンセーは、今日も失踪中』(幻冬舎文庫)である。富山から東京の出版社に、漫画の持ち込みをした豊泉宏彦。成り行きで、失踪癖のある漫画家・穴守大地のアシスタントとなる。個性的な先輩アシスタントたちに囲まれ、宏彦は漫画の力を伸ばしていく。また、新人賞に回された持ち込み原稿が大賞を受賞し、連載の話も具体化した。順風満帆なスタートを切った宏彦。だが……。

 冒頭からストーリーはテンポよく進む。高校時代は陸上の有望選手だったのに、なぜか卒業後は漫画家を目指す宏彦。しかし、その才能は本物だ。アシスタントでも能力を発揮し、連載の話もトントン拍子である。地元の漫画家のアシスタントに行って、その異才ぶりに圧倒される場面もあるが、傍から見れば彼も羨まれる存在だ。

 しかし終盤、才能だけではどうにもならない壁が、宏彦の前に立ち塞がる。さらに彼が漫画家を目指すまでの経緯が詳らかになると、物語の始まる以前に、最大の挫折があったことが判明。主人公の言動が、まったく違った色を帯びてくる。ここが作者の狙いであり、本書の魅力だろう。サクセス・ストーリーの皮を被った、挫折と再生のドラマとして、大いに楽しめたのである。

 お次は、安藤祐介の『本のエンドロール』(講談社)だ。主人公は、豊澄印刷株式会社営業二課の浦本学。「印刷会社はメーカー」だと信じる彼は、編集者や装丁家、あるいは作家に振り回されながら、好きな本を造るために奮闘する。そんな彼を中心に、家庭に問題を抱える工場作業員や、仕事を天職だというDTPオペレーター、印刷機の稼働率を上げることが営業の仕事だという先輩社員など、本造りの裏方にいるさまざまな人々の姿が活写されていく。

 理想を優先してしまい、トラブルを引き起こしながらも、それをバネに優れた本を造る浦本。各エピソードで、困難を打開していく、主人公の頑張りが気持ちいい。だがそれは、局地戦での勝利に過ぎない。出版業界は斜陽産業であり、必然的に本をメインにしている豊澄印刷株式会社も斜陽化していく。そうした苦い現実を理解した上で、なおこの業界で働く意味はどこにあるのか。ラストで浦本が導き出した答えに、胸が熱くなった。そうだよ、そうなんだよと、同意した。本の内容だけでなく、本という物質そのものが好きだという人には、是非とも読んでもらいたい作品なのだ。

 額賀澪の『拝啓、本が売れません』(KKベストセラーズ)は、松本清張賞と小学館文庫小説賞をダブル受賞してデビューした作者が、売れる本とは何かを追求した、ルポルタージュ・エッセイである。編集者・書店員・Webコンサルタント・映像プロデューサー・ブックデザイナーの五人に、作者が突撃取材を敢行。業界の最前線で活躍する人たちの意見は、実に刺激的で参考になる。さらに作者が、自分の本に関する実情を暴露。初版部数まで明らかにしているのには驚いた。出版業界の現状を、作家の立場から解明した、貴重な記録となっているのである。

 なお側聞したところ、本書の売れ行きは快調だそうだ。タイトルに偽りありとなったことは、なんとも目出度いことである。

 高代亞樹の『勾玉の巫女と乱世の覇王』(ハルキ文庫)は、第九回角川春樹小説賞最終候補作品。おしくも受賞は逸したが、作品の魅力が認められ、刊行されることとなった。

 物語は、天下布武を唱えた織田信長が、北伊勢に侵攻する永禄十年から始まる。南伊勢の宿儺村に生まれた少年の真吉は、追剥に襲われ、記憶を失った少女と出会う。少女を自分の許嫁にするといい、閉鎖的な村に受け入れてもらった真吉。小夜と名付けられた少女と一緒に成長していく。

 しかし平穏は長く続かない。迫る戦雲を恐れた小夜の祈りにより、村の祠から“お南無様”と呼ばれる荒魂神が甦ったのだ。「戦の世を終わらせる」と嘯くお南無様は、小夜を引き連れて信長の動向を探り、やがてふたりは村を去った。そして真吉は小夜を追って、戦国の世に飛び出していく。

 宿儺村の秘密。小夜の失われた過去。お南無様の正体と目的など、本書にはさまざまな謎が鏤められている。その中でもっとも注目すべきものは、お南無様の正体だろう。割と早い段階で明らかになるのだが、これにより物語が神話の時代にまで繋がる、圧倒的なスケールを獲得するのである。さらにいえば、お南無様の描き方がユニーク。神とは思えない、生臭さが伝わってくるのだ。

 その一方で、真吉が手に入れた神剣を始めとする、三種の神器の使い方も巧みである。物語の行方を左右する、真吉と小夜の恋愛も、大きな読みどころだ。奔放な空想力に彩られた戦国ファンタジーといえよう。

 近藤史恵の『震える教室』(KADOKAWA)は、女子高を舞台にした連作ホラー小説。心斎橋にある凰西学園高等部は、明治時代から百二十年の歴史を持ち、音楽科とバレエ科のあるお嬢様学校だ。いろいろな事情が重なり、その学園の普通科の生徒となった秋月真矢。作家の母親を持つ相原花音と友達となった。しかし、なぜかふたりが触れ合っていると、不思議なものが見える。これにより真矢たちは、何度も奇怪な騒動とかかわることになるのだった。

 真矢と花音は、幽霊や怨念らしきものが見えるだけで、それ以上の力はない。したがって傍観者的な立場のことが多く、騒動は勝手に起こって終わる。でも、これが面白い。「ピアノ室の怪」や「隣のベッドで眠るひと」の恐怖には、背筋のゾクゾクが止まらないのだ。ミステリー色の強い「屋上の天使」もよかった。ちょっとだけ両親に抑圧されている真矢が、しだいに成長していくなど、全体を通じての読みどころもある。ベテランの手腕が冴える佳品だ。

 山本巧次の『軍艦探偵』(ハルキ文庫)は、昭和十五年から二十年にかけて、さまざまな実在の軍艦で起きた事件を解決する、海軍主計士官・池崎幸一郎を主人公にした連作ミステリーだ。時代ミステリーは、その時代、その場所でこそ成立する謎と真相が理想だと個人的に思っているが、本書はその点を軽々とクリア。消えた木箱の謎を池崎が解き明かす、第一話「多過ぎた木箱─戦艦榛名─」の、山本五十六連合艦隊司令長官の視察の使い方には唸ってしまった。軍艦版日常の謎風に始まりながら、戦局の悪化した第五話「波高し珊瑚海─駆逐艦岩風─」では殺人事件を扱うなど、時代の流れとリンクした内容もお見事。戦争描写の迫力も凄かった。

 そしてエピローグで、池崎の推理により第五話の事件の真相が暴かれると、現代へと繋がるテーマが立ち上がってくる。いささか気が早いが、今年のミステリーの収穫だと断言しよう。軍艦という新たな題材に挑み、赫々たる戦果を上げた作者を褒め称えたい。

 鷹見一幸の『再就職先は宇宙海賊』(ハヤカワ文庫JA)は、作者お得意のスペース・オペラである。といっても『宇宙軍士官学校』のようなミリタリー色は薄い。なにしろ主人公たちは、成り行きで宇宙海賊になってしまうような、ゆる~い人物なのだ。

 月で宇宙人の遺産が見つかり、人類が飛躍的に発展してから数十年後。あらたな遺産を求めて、宇宙はゴールド・ラッシュに沸いていた。日本の小企業の社員・木戸博之もそのひとりだ。同僚の佐々木則行と、ウォルター・ゴードン・ウィルソンと共に、アステロイドベルトにある小惑星“天山3”を掘り返していた。しかし会社が倒産し、水も食料もない状況に陥る。たまたま発見できた異星人の偽装戦艦に乗り込み、小惑星を脱出した三人。だが誤解により宇宙海賊と間違われる。客船から人質として送られてきた、大企業令嬢のナスリチカ・スボルダ・ナースリムも加わり、三人の運命は思いもかけない方向に転がっていくのだった。

 作者は、いきなりサバイバル状態に追い込まれた三人が、偽装戦艦を発進させるまでに、物語の半分を費やしている。なるほど、本書は彼らが宇宙海賊になるまでを描いたプロローグかと思ったら大間違い。あれよという間に事態がエスカレートし、急転直下のクライマックスに向かっていく。その過程で見えてくる、主人公たちの人間としての矜持が恰好いい。お手軽に読めて、気分がよくなる、愉快痛快な作品だ。なおラストを見ると、シリーズ化の構想もあるようだ。なので続刊を強く希望しておく。

 最後は、乃南アサの『犬棒日記』(双葉社)にしよう。作者が日常で見聞きした人々をネタにしたエッセイ集である。読み始めてすぐに分かるのだが、作者の人間観察力が尋常ではない。電車・喫茶店・病院……。とにかくどこでも、気になった人を観察。そこから導き出される意見や感想が、ズバズバと的を射る。作者には、人間の心理に踏み込んだ優れたミステリーが幾つもあるが、そうした創作の源泉は、ここにあったのか。乃南アサをより深く理解したい人には、必読の一冊なのである。

角川春樹事務所 ランティエ
2018年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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