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  • [実践]小説教室
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中江有里「私が選んだベスト5」

[レビュアー] 中江有里(女優・作家)

 田中兆子『徴産制』は、新型インフルエンザによって若い女性の大半がいなくなり、深刻な人口減に見舞われた近未来の日本で、男性が「女」になる義務を課せられる。仰天の設定から浮かぶのは長年女性が抱えてきたジレンマだ。出産と育児、仕事との両立といった現代的な事柄から、抹殺されてきた歴史の暗部まで、あり得ない世界を綿密な筆致で描く。自ら望んだ、あるいは選ばれて性転換した五人の男たちは想像と違った徴産制に葛藤しながら、自らに芽生えた女性の心と無自覚だった男性の心とに耳を澄ませていく。快作と呼びたい。

 丸山正樹『龍の耳を君にデフ・ヴォイス新章』は、法廷や警察で被疑者となったろう者の通訳を務める手話通訳士が主人公。手話をきちんと描写するところに手話文化、手話言語への尊重を感じる。殺人現場を目撃した緘黙症(かんもくしょう)の少年が手話を通じて自らの思いを伝えていく法廷場面が印象的。小さな声を拾うのが小説だが、本作は聞こえない人の声「デフ・ヴォイス」を聴いた。

 本についての三冊。額賀澪『拝啓、本が売れません』。松本清張賞と小学館文庫小説賞を受賞した著者が出版不況の現実の中、どうすれば売れるのかを探るノンフィクション。本に限らず、「売れる」理由なくして商品は売れない。読者を待つだけでなく、読んで貰うヒントが詰まっている。

 教え子が芥川賞を同時受賞し一躍注目の的となった根本昌夫『[実践]小説教室 伝える、揺さぶる基本メソッド』は、小説の読み方、書き方に言及し「人はなぜ小説を書くのか」に迫る。

 山口果林『安部公房とわたし』は、作家との出会い、師弟関係から恋愛関係への変化、その死の瞬間までを選び抜いた言葉で綴る。作家の人生から消された自らの人生を取り戻した軌跡は静かな感動を呼ぶ。人が本を著す理由がここにある。

新潮社 週刊新潮
2018年5月3日・10日ゴールデンウィーク特大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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