大矢博子の推し活読書クラブ
2017/12/27

「オリエント急行殺人事件」の二宮和也、キモかわ怖い変態役も受けて立つ![ジャニ読みブックガイド第16回]

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 何だか眠れない夜に頭の中くすぐられてるような皆さん、こんにちは。ケネス・ブラナー版「オリエント急行殺人事件」はご覧になりましたか? でもジャニオタにとってオリエント急行といえば、もちろん「特急東洋」ですよね。

■二宮和也(嵐)出演!「オリエント急行殺人事件」

 アガサ・クリスティの代表作『オリエント急行の殺人』(ハヤカワ・クリスティー文庫他)を日本に置き換え、三谷幸喜脚本でドラマ化された「オリエント急行殺人事件」(2015年、フジテレビ)。2部構成で、第1部は原作に忠実に、第2部は三谷幸喜オリジナルで〈乗客側の視点で事件を再構築する〉という、とても興味深い趣向だった。原作を読んだ人なら一度は思うもの、これ乗客側から見てみたい、と。

 まずは原作のあらすじを紹介しておこう。シリアで一仕事終えた名探偵エルキュール・ポワロは、イスタンブールに向かうタウルス急行内で、イギリス人の男女がわけあり風な会話をしているのを聞く。その後ポワロはイスタンブールでシンプロン・オリエント急行に乗車。ところが3日目の朝に、乗客のひとりが刺殺体として発見された。犯人は同じ車両の乗客12人の中にいると思われたが全員にアリバイが成立。そこにはタウルス急行で見かけた、あの男女もいた……。

 読んでないのにネタを知っているミステリNo.1と言ってもいいこの作品。その〈意外な真相〉に注目されがちだが、実は本書の最大のポイントは、さまざまな国のさまざまな階層の人物が同じ列車に集うという設定にある。
 ベルギー人のポワロ、イギリス人の軍人に家庭教師や召使い、イタリア人のセールスマン、スウェーデン人の宣教師、ロシア人の貴族とドイツ人のメイド、アメリカ人の富豪とその秘書、フランス人の車掌、ギリシャ人の医者、などなど。さらに列車が雪で停車し、事件が発覚したのはユーゴスラビア北部(現在のクロアチア北西部)だ。

 本作が書かれたのは1933年。乗客たちの間には他民族に対する偏見や差別があり、階層の上下ではっきりした待遇の区分があった。それが当たり前の時代だった。しかしそれでも貫かれるべき社会正義がある──というのが本書のテーマだ。ネタばらしになるので詳しくは書かないが、本書の背景にはモデルになった事件がある。執筆当時は未解決だったその事件に対し、クリスティは小説の中で犯人に鉄槌を下したのだ。

イラスト・タテノカズヒロ

■日本を舞台に翻案する三谷幸喜の原作愛

 それを同時代(昭和初期)の日本に置き換える、というドラマのアイディアがまずすごかった! しかも三谷幸喜ってこの原作が大好きなんだな、という愛がそこかしこに満ち溢れててて、クリスティのファンが見てもとても楽しかったのだ。

「オリエント急行」が「特急東洋」になるのはそのままの翻訳。楽しいのは名前で、ニノが演じた幕内平太は原作ではヘクター・マックィーン。アンドレニ伯爵は安藤伯爵、ハバード夫人が羽鳥夫人。ヒルデガルデ・シュミットが昼出川澄子になったのには拍手しちゃったよ。ポワロは勝呂と名を変え、彼が以前に解決したという「いろは殺人事件」はもちろん『ABC殺人事件』だ。

 物語も驚くほど原作に忠実。原作冒頭のタウルス急行のくだりは下関駅前のエピソードに置き換えられていたが、それ以外は細かな伏線に至るまで、すべてに原作リスペクトが見られた。ドラマで重要な手がかりとなるNのイニシャル入りのハンカチのくだりは日本じゃないと成立しない手だと思うでしょ? 原作ではイニシャルはHで、これまたヨーロッパでないと成立しない仕掛けが使われているのだ。

 そういう小手先だけのことじゃない。実は『オリエント急行の殺人』というのは、日本で言えば×××(ものすごいネタバレにつき伏字)という目から鱗の、けれどそう言われたら確かにそれ以外あり得ないと100%の納得の解釈を出してきたのには喝采した。ドラマの第2部、ある人物の言った「昭和の大××××はお疲れのようだね」の一言に象徴されている。

 日本で言えば×××、という前提に立って原作を読み直すと、新たな発見がある。この物語の結末については、ハッピーエンドだと思う読者と「これで本当に良かったの?」と思う読者に分かれるのだが、それは×××の時、庶民は〈犯人〉をヒーローとして支持したが政府は法に照らして処罰せざるを得なかったという史実と同じだ。クリスティが作品に込めた民族差別や階級社会は日本が舞台で完全な再現はできないものの、社会正義とその処理という点で、三谷幸喜は見事な翻案を見せてくれたのである。

■ニノの真骨頂、「キモい・こわい・可愛い」の平太

 ニノが演じた幕内平太は、成り上がりの富豪・藤堂の秘書。いやあ、これがキモくてこわくて可愛くて最高だった! 彼は、とある夫人に憧れていた、というのが大事な設定。それぞれの乗客の来し方が語られる第2部では、平太はその夫人と一緒に撮った写真を後生大事に持ち歩き(しかも額に入れた状態で持ち歩いている)、ことあるごとに人に見せ、「奥様の匂いを今も覚えている」とうっとりした顔で宙を見つめる。周囲はドン引きだ。
 オリエント急行の中でも、パニクったときにポケットから夫人の写真を出して眺めることで気持ちを落ち着かせる。こっちは額入りじゃなくて小さな写真。用途で使い分けてるのか写真を! やだもうキモい。だが可愛い。でもキモい。そこが可愛い。どっちだ。落ち着け私。

 原作のヘクター・マックィーンもこんなキャラなの? いやいや、原作読んだら驚くぞ。原作のヘクターのセリフは「夫人に何度か会いました。美しい人でした。もの静かで悲嘆に暮れていました」とあるだけなのだ。好きだなんて言ってないし、そんなそぶりもない。この一言だけで三谷幸喜は、幕内平太をストーカーまがいの変態に仕立てあげたのだ(ちなみに1974年の映画では、ヘクターはマザコン扱いされている)。

 ところが(具体的に書けないのが辛い)ここぞ、という場面ではぞっとするような狂気や激しさを醸し出す。これよ、この振り幅がニノの真骨頂なのよ。

 ことニノに関しては、ただカッコイイ役よりも、喜劇性と狂気を併せ持つ役の方が何十倍も真価を発揮する(と私は思っている)。一人の中に喜劇性やら可愛さやら気持ち悪さやら狂気やらがあり、それをまるで別人格のように一瞬の反転で演じ分け、視聴者をドキっとさせる、というのがニノの巧さなのだ。ニノありきで三谷幸喜が当て書きしたのがこのキャラだった、というのが何よりの証拠だろう。

 狂気の演技では「青の炎」に萌芽があるし、別人格のようにと言うなら「プラチナデータ」がある。喜劇性と狂気の同居では「流星の絆」の有明功一が良かった(この3作もいつかここで取り上げたい!)。けれど、それが最も凝縮され、最も短い中で異なる顔を最も印象的に視聴者に刻みつけた、という点で、私は三谷版「オリエント急行殺人事件」の幕内平太こそ、ニノの真髄が最も良く現れた役柄だったと思うのである。

 もうひとつ、ニノは自身が主役として場を支配するのもいいけど、格上の大物俳優と渡り合うところにこそ見せ場を作れる俳優だと思っているのだが……その話はまた別の機会に。

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2018/01/10
第16回アンケートの受付は終了いたしました。

2時間ドラマでお馴染みの西村京太郎「十津川警部シリーズ」の十津川警部を演じて欲しいジャニーズには1位に元ジャニーズの稲垣吾郎さん、2位に二宮和也(嵐)さん、3位に東山紀之さんでした。
たくさんのご参加をありがとうございました!
第17回は、有栖川有栖『幽霊刑事』(講談社文庫)の上司に殺され1ヶ月後に幽霊になって戻ってきた若手刑事の神崎です。空を飛びながら銭形平次のテーマを歌ったり、殉職だから二階級特進で警部補になったと喜ぶお茶目なところがある一方、人に認識されず言葉もかわせない虚無に涙を流す神崎。
 幽霊なのにすごく人間臭い、そんな刑事を、あなたなら、誰に演じてほしい?
>> アンケート このヒーローにはどのジャニーズ?【17】

大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。

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