生田斗真主演「渇水」「死」を見つめる原作を「生」へと転換 希望が見える改変にほっと安堵
行き場のない涙をまた心にしまった皆さんこんにちは。ジャニーズ出演ドラマ/映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回は昨年から公開すると言いつつなかなか封切られず、はらはらしていたこの映画だ!
■生田斗真・主演!「渇水」(KADOKAWA・2023)
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- 渇水
- 価格:748円(税込)
どうして斗真回の冒頭あいさつがコレ?と思われたでしょうが、斗真の持ち歌から持ってくるのがもう限界でさ。雨つながりということでシゲ原作「傘をもたない蟻たちは」の主題歌を引っ張ってきました。今後、斗真やかざぽんを扱うときはこのやり方でいこう。ていうか歌を出してくれてもいいのよ?
雨つながりと書いたけど、この映画は「雨が降らない」というお話。原作は河林満の短編「渇水」(角川文庫『渇水』所収)だ。1990年に文學界新人賞をこの短編で受賞し、その年の芥川賞候補になった。同年、単行本化されたが、今回の映画で実に33年目にして初の文庫化が実現した次第。河林さんは2008年に病気のため亡くなられたが、発表から33年も経ってジャニーズで映画化されるとは予想もしてなかったろう。この映画、観てほしかったなあ。
主人公は、市の水道局(原作では東京の多摩地区だが映画は群馬県前橋市に変更)に勤務する岩切。岩切の仕事は水道代未払いの家庭を訪れ、支払いの意志がない場合は停水を執行することだ。つまり元栓を閉めて水道から水が出ないようにするのである。そんな中、ある家庭で岩切は小学生の姉妹と出会う。母親は帰っておらず、育児放棄の状態にあるようだ。だが料金が支払われない以上、停水はしなくてはならない。そこで家中の容器に水を溜めさせ、そのあとで停水を執行したのだが──。
炎暑が続き、市では給水制限が始まってプールなども営業を停止する中、水を止めてまわる水道局員。水は命に直結するため、なかなか停止措置はとられないのだが、それでも停水せざるをえないほど悪質な利用者が次々と登場する。でも母親のだらしなさのせいで水を止められた少女たちは……というところまでが原作・映画に共通するあらすじだ。
で、ここから違うの! ぜんぜん違うの!
原作小説と映画、読んでから観るか観てから読むかは人によって、モノによって違うだろうけど、この作品に限っていえば、個人的には小説が先の方が精神的には「いい」んじゃないかなと思う。原作はサッドエンドというか、「え、嘘でしょ……」と呆然とするような終わり方なのだ。めちゃくちゃ後を引く。どうにかならなかったのかと、読み終わってからずっと考え込んでしまう。そこを映画は「どうにかなった」別の未来を見せてくれるのである。
イラスト・タテノカズヒロ
■原作の結末を大きく変えた映画
かといって、原作はサッドエンド、映画はハッピーエンドと簡単に言える話ではない。
物語の中心にいるのは岩切と幼い姉妹。そこに岩切の後輩である木田や姉妹の母、岩切の家族の問題などがからんでいく。さらに水道料金を払わない人たちとの攻防が入る──という構造は基本的に原作と映画に違いはない。ただ、原作では水を止められたあとの姉妹の様子は具体的には描かれなかった。けれど映画では、姉妹の暮らしがたっぷり描かれるのだ。微に入り細を穿って描かれるのだ。これが、辛い。
私は原作を先に読んでいたので、「あの結末」に向かっていくのだろうとばかり思っていた。だからもう、映画の姉妹の暮らしがいっそう辛くてなあ……。これ、感情移入能力の高い人は気をつけて。胸がつぶれるよ。また子役ふたりの演技が素晴らしくてな……。もうおばちゃん、スクリーンの中に助けに行きたくなったさ。柴田理恵さんの首根っこ掴んで投げ飛ばしたくなったさ。
この先に待っているのが原作の「あの結末」であるのなら、ちょっと私、耐えられないかもしれない……と思ったところで物語は大きく展開する。原作の岩切ができなかったことを、映画の岩切は行動に移す。その改変にはどんな意味があるのか。
パンフレット掲載のインタビューで斗真は「原作はガツンと打ちのめされるような終わり方をしているんですけど、映画では少し光が見える、明日に向かってまた前進していけるような、異なるエンディングになっていて、綺麗な脚本だと思いました」と語っている。原作は(文庫の他の短編も含めて)「死」を見つめる物語だ。翻って映画はそれを「生」へと転換させた。
1990年という、まだバブルが終わっていない時期に書かれたこの原作が、そのまま現代社会を照射していることにも驚かされる。貧困、格差、ネグレクト、不寛容。公共サービスの限界と、自助・共助の限界。2023年の今、原作小説を読んでもまったく古さは感じない。むしろ33年前よりリアルなのだ。本当にそこにある現実として迫ってくるのだ。だからこそ希望を入れたかったのではないか、たとえ蟷螂の斧であっても闘うことの意味を入れたかったのではないか──と、私は考えた。
■オーラを完全に消し去った公務員・斗真に注目!
さて、斗真である。生田斗真といえばこれまで光源氏になったり、潜入捜査官になって全裸で暴れたり、太宰治になったり、脳男になったり、トランスジェンダー女性になったり、オリンピックに出たり、ムカつく公家になったり、銭湯のダメ長男になったりと、つまりはかなり個性的な役が多かった。ところが今回は公務員である。水道局員である。実に淡々と日々の業務をこなすだけなのだ。
ジャニーズが公務員を演じたことってあったっけ? まあ、刑事も教師も公務員なのでそれを入れると膨大な数になるが、「お役所勤め」ってあった? 思い浮かぶのは錦戸亮が映画「県庁おもてなし課」(2013年、東宝)で県庁職員を、「羊の木」(2018年、アスミック・エース)で市役所の職員を演じた例くらい。調べたら他にもあるのかもだけど、ちょっと思いつかない。あったら教えてください。ていうか亮ちゃん意外と公務員役やってるな。
おっと、話がずれた。とにかく個性を前面に押し出すような役の多かった斗真が、日々のルーチンを黙々とこなし、滞納者からの罵倒にも淡々と決まり文句で対応し、同僚から「岩切さん、何とも思わないんですか」と聞かれて「いや、別に」と無表情で返す。もうね、完全に目が死んでるの。払えない家庭から料金を取り立て、罵倒され、心がすり減ってすり減って、いつしか何も考えなくなっている──そんな目なの。あの目力の強い斗真が、完全にスイッチ切ってるの。でも途中でスイッチが入る。目に少しずつ力が戻る。その変化に注目だ。
もう充分なキャリアを持つ役者にこの表現は失礼かもだけど、これは新境地と言っていいのでは。映画では簡略化&ちょっといい話になっていた岩切の私生活や過去も、原作ではより詳しく描かれるので、そこも(死んだ目の)斗真でぜひ脳内再生しつつお読みいただきたい。茄子を切ってて指を切っちゃう場面も原作にあるぞ。
あとね、この映画観たら、役所の人に乱暴な口をきくのがどんなにみっともないかとか、大人の責任って何だろうとか、なぜこれを福祉に結びつけられないのかとか、雨が降るのありがたいなーとか、縁側でアイスキャンディー食べるのいいなとか、そうだ滝を見に行こうとか、観終わったあともいろんな感情や感想がずーっと渦巻くよ。観てるときは辛いけど、その何倍ものものを与えてくれる映画なのだ。
大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。
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