大矢博子の推し活読書クラブ
2023/07/26

加藤シゲアキ出演「満天のゴール」単発ドラマじゃもったいない! シゲ演じる謎めいた医師の名シーンをぜひ原作で!

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 離れないで手を握って運命を超える皆さんこんにちは。ジャニーズ出演ドラマ/映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回はようやくBSプレミアムとAmazon Prime Videoで公開されたこのドラマだ!

■加藤シゲアキ(NEWS)・出演!「満天のゴール」(NHK・2023)

 今年3月に4Kドラマとして放送された「満天のゴール」。4K対応の環境がないと見られないため、じりじりしていたシゲ担さんたちも多かったのでは。今月BSプレミアムで放送され、同時にAmazon Prime Videoにも入ったので、ようやくここでも取り上げられてほっとしている。

 原作は藤岡陽子の同名小説『満天のゴール』(小学館文庫)。ただ、原作とはかなり変わっているので、まずは原作のあらすじから紹介しよう。

 夫から離婚を切り出された奈緒は、10歳の一人息子・涼介をつれて京都府丹後地方の山間深くにある実家に戻ってきた。夫をあきらめきれない奈緒はすぐに東京に帰る予定だったが、帰省したその日に父が事故で骨折。当分の滞在を余儀なくされ、かつて免許を取得したまま一度も働いたことのなかった看護師として就職する。

 看護師としての最初の仕事は、内科医・三上の往診の補助だった。そこで奈緒は医療過疎地域の現実と、積極的治療や入院を拒否して訪問看護を受けながら生まれ育った家で死という「ゴール」を待つ老人の姿を目の当たりにする。

 そんな奈緒の気がかりは、同じ集落に住む早川という老女のこと。意識を失って倒れているところに3度も遭遇したため病院に行くことを勧めるも、早川には生きる気力があまりないようなのだ。奈緒と涼介はそんな早川を元気づけるため、早川の昔の知り合いを探し出そうとするが……。

 原作に書かれているのは、医療過疎地域、独居老人の生活、自宅での看取り、ヤングケアラーの問題、そして何より喪失からの再生だ。夫との離婚問題はどうなるのか、三上はなぜ敢えて僻地医療を志したのか、その三上が時折見せる影のある表情は何のためか、そして奈緒が免許を取りながらも看護師にならなかったのはなぜなのか──そんなさまざまな謎が、前述のテーマへと収斂していく。その先にあるのは、人が絶対に避けられない、そして誰しも一度しか体験しない「死」をどう迎えるのかという問いかけだ。


イラスト・タテノカズヒロ

■「満天のゴール」、小説とドラマはここが違う

 ドラマでは原作にあった設定がいくつか省略されていた。まず、奈緒がすでに離婚済みのシングルマザーとして故郷に帰ってきたこと。実家の父はすでに亡くなっていたこと。奈緒の母の死因も、それにまつわる葛藤も原作とは変えていたし、奈緒が看護師の資格を取りながら就職しなかった理由もドラマでは省かれた。

 テーマのひとつだった医療過疎地の現状も登場しなかった。ドラマでは柄本明さん演じるトクさんが早川を気にかけたりという共同体の共助が描かれたが、原作の集落は人口が減って高齢者ばかりでそういう助け合いはない。そもそも原作のトクさんは一人暮らしで、末期癌によりすでに外出できる体調ではない。

 また、ドラマでは両親の離婚が心の傷となって口をきかなくなった涼介だったが、原作では最初から明るく元気で、むしろ奈緒の支えとなる。倒れた早川を見つけるのも、心配して様子を見に行くのも、早川の秘密に気づくのも涼介だ。ていうか原作の涼介がめちゃくちゃいいのよ! 大活躍なのよ! 原作の奈緒は夫に未練たらたらで、看護師としても失敗続きで、なかなか自立できない性格なのだけれど、そんな頼りない母を涼介が父から守るのよ! この涼介に出会うだけでも原作を読む価値があるぞ。

 とまあ、いろいろ違うんだけれど、最大の違いは構成だ。物語の核とも言える三上の過去がドラマでは全体の半ばで早々に明かされたのには驚いた。原作では三上についていろいろ違和感がちりばめられ、三上ってもしかして……と読者に想像させ、ああ、そこにつながるのか!というミステリの謎解きにも似たサプライズを味わえるのだが、そこが非常にあっさりしていたのだ。思わず「もう?」と声が出たね。

 だがドラマを見続けてわかった。ドラマではむしろ、その後を中心に描いているのだ。その事実を踏まえた上で、身近な人や大事な人の死に、あるいは自分の死に、どう向き合うのか。悔いなく旅立つには、悔いなく見送るには、どうすればいいのかをドラマのテーマに据えたが故の改変である。終盤、ドラマでは奈緒が早川を引き取って自宅で看取るが、あれはドラマオリジナルの展開だ。原作では早川は最後まで自宅で一人暮らしをする。また、トクさんのゲームのエピソードもドラマオリジナル。原作にはないこれらの展開をドラマに取り入れたのは、悔いなく旅立つ、悔いなく見送るというテーマを強調しているからに他ならない。

■シゲ演じる三上先生を、小説でもっと詳しく知る

 さて、シゲである。彼が演じる三上先生は、病院で勤務しながら医師のいない山間部へ往診に通っている三十代の医者だ。ドラマでは最初から地元の人に慕われ、トクさんのところや早川のところにも往診に出かけていたが、原作ではやや謎めいたエピソードが随所にくわわる。あることで嘘をついていたり、「なぜこんなところに?」というような場所にいたり。少しずつ三上の過去が小出しにされ、それらがひとつの真実につながる過程にはドキドキするよ。

 てか、もうはっきり言ってしまおう。90分では短すぎる! これ連ドラでリメイクすべき! もうね、もったいないのよいろいろと。

 まずは、ドラマでは大半がカットされてしまった医療過疎地域のリアル。原作ではこの部分が非常に大きな要素を占めているので、ぜひ原作をお読みいただきたい。なぜ僻地に医者がこないのか。近くに病院もなく、救急車もすぐには来られないような僻地で在宅治療を行うためには何が必要か。自宅で亡くなることを選ぶ人にどう対応するか。原作では三上がさまざまな話を奈緒に聞かせる。この部分をぜひシゲの、あの語り口調で脳内再生してほしい。こういう真面目な役はピッタリだと思うだけに、カットされたのは残念。

 さらにはミステリ的な盛り上がりがカットされているのももったいない。いろんな伏線がひとつにつながっていく驚きと快感、奈緒自身の昔のトラウマも実はそこに関係していたという構成の妙。ひとつの事実がわかり、それが次の謎を呼ぶという引きの強さ。90分にそんなに「引き」は入れられないのはわかるんだけど、それらの「引き」が原作小説をとても面白いものにしているのは間違いないのだ。

 何より、ちょっとした「いい場面」がカットされているのがね、もうもったいなくて! 倒れた早川を三上と奈緒で運び、それを涼介が手伝うシーンとかすごくいいのよ。トクさんの臨終のとき、三上が「涼介くんは人が亡くなったところを、見たことがあるか」と訊き、ない、と言う涼介に死とは何かを教える場面もすごくいいのよ。そのあとで遺体に話しかけながら処置する三上先生もすごくいいのよ。三上が医者になろうと思った、その動機を語る場面もとてもいいのよ。ああ、そういう場面もシゲで見たい。こちらも脳内再生でぜひ。

 制作発表のとき、シゲは「台本を読み、過去と未来を見つめる三上というキャラクターの痛みと愛情に心を揺さぶられました」と語っている。ドラマではカットされた部分も多いその「過去」や「未来」を、どうか原作で味わっていただきたい。きっとさらに「心揺さぶられ」るはずだから。

大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。

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