錦戸亮主演「ちょんまげぷりん」で噛みしめる“万物流転”の法則
サムライだから迷いなど生じない皆さん、こんにちは。寂しさは拭えないけれど、夢を掴むまで止まんじゃねえ、のキングオブ男!精神でいきましょう。ということでジャニーズ出演ドラマ/映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回は亮ちゃんの記念すべき映画初主演作品を振り返るよ。
■錦戸亮・主演!「ちょんまげぷりん」(2010年、ジェイ・ストーム)
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- ちょんまげぷりん
- 価格:628円(税込)
原作は荒木源の同名小説『ちょんまげぷりん』(小学館文庫)。単行本刊行時は『ふしぎの国の安兵衛』というタイトルだったが、映画化に併せて改題・文庫化された。
幼稚園年長組の息子・友也と2人暮らしの遊佐ひろ子は、ある日、ちょんまげで和装の侍のような男と出会う。木島安兵衛と名乗った彼は文政9年からタイムスリップしてきたらしく、変わり果てた江戸(東京)の姿に戸惑うばかり。とりあえず遊佐家に居候することになったものの、お礼がわりに家事はすべて引き受けると言う。みるみるうちに現代の家事を習得する安兵衛。ついにお菓子作りにまで手を出し、プロ裸足の腕前に驚いたひろ子の友人の推薦で、コンテストに出ることになってしまい……。
というのが原作・映画の両方に共通する粗筋だ。初めて見る未来文明に戸惑うタイムスリップものお約束のシーンを経て、侍がパティシエになってしまうというミスマッチが読みどころ。ただし物語の底には、女が子育てをしながら働くとはどういうことかという現代の問題が横たわっている。
共働きなのに家事に非協力的だった前夫と離婚したひろ子に対し、男は外、女が家事をするのが当然、という江戸の価値観を持ち込む安兵衛。今はそんな時代ではないとひろ子は反論する。そして、はじめは主夫業に勤しんでいた安兵衛も、パティシエとして働くようになると家のことを顧みなくなってしまい……。
安兵衛が忙しくなって友也が寂しがっている、とひろ子が訴える場面で、原作と映画に少し違いがあった。働きたくて前夫と離婚したひろ子に、映画の安兵衛は「ひろ子殿がお役目を辞められてはいかがか。表向きは拙者、奥向きのことはひろ子殿。ひろ子殿がお役目を辞されても、拙者の月々の扶持で充分賄える」と言ってしまうのだ。あー、それいちばん言っちゃダメなやつだよ。
原作にこのセリフはない。そもそも原作では安兵衛とひろ子の間に、こんな会話が出るほどのロマンス展開はないのである。だからこのセリフはロマンス色を前面に出した映画だからこそ意味を持つ、実にうまい工夫なのだ。男は良かれと思って言っているが、根本が理解できてないという象徴のような場面だった。
イラスト・タテノカズヒロ
■映画ではカットされた原作の「お約束」が絶品!
実は原作では、安兵衛のルックスは25歳なのに40歳前後に見えるおじさん顔で、「小さな目に団子鼻、あごはえらが張ってがっしりしている。近頃めったに見ないくらいの泥臭い顔」「じゃがいものような河原石のような顔」と、決してイケメン設定ではないのである。ていうか、誰がやってもお笑いにしかならないと思っていたざんばら落ち武者ヘアでもカッコイイって亮ちゃん何なの……。うん、そこが原作と映画の最大の違いかも。
だが、内容は基本的に原作に忠実だ。ロマンス設定の他にも、安兵衛の仕事の内容や再会や別れの場面など細かな違いはあるが、違和感はない。ただ、残念ながら映画ではほとんどカットされていたのが、安兵衛が現代の東京のあれこれに触れてどんな反応を見せるかという、タイムスリップもののお約束場面である。これがもう、原作ではとても面白いのだ。
たとえば、ここが未来だということを説明する際、ひろ子は何の気なしに「もう江戸時代はとっくに終わってるわ。将軍さまはもういない。武士も農民も町人もない」と言ってしまう。それを聞いた安兵衛は「上様がおわさぬ?」と愕然とするのである。ひろ子は、この話題はもう少し後でもよかった、ととっさに後悔する。だよね、江戸の武士に「将軍がいない」は相当ショッキングな情報だよね。こういう細やかなやりとりで、著者は時代の違いを浮き彫りにしていく。
楽しいのは安兵衛がテレビの時代劇にはまるくだりだ。上様がいると言っては驚き、上様が供もつけず町家に入っていくと言っては驚く。お芝居だと説明するが、そうなると次は時代考証に文句を言う。いや、わかる、わかるよ。自分が知ってる時代や職業がドラマになると「違う…」って思っちゃうもんねえ。
安兵衛が現代文明に触れて驚く様子は、映像なら一瞬で見せられる。今回もBGMに乗せてダイジェストのように彼の「成長」が描かれた。だが小説の場合、言葉で説明するしかないのだ。とはいえ、ひとつひとつが「説明」になってしまうとつまらない。本書はひろ子の視点で、戸惑う安兵衛をときには笑ったり、ときには労ったりしながら、安兵衛が何に驚きどう咀嚼するかを描いていく。そういうシーンの積み重ねで、次第に現代がどんな時代かが見えてくるのだ。これは小説でしかできない楽しみ方である。
■亮ちゃんの映画初主演作を、今再読する楽しみ
何より、今だからこそ楽しめるのがひろ子と安兵衛が上野公園に行く場面だ。このあたりは幕府が終わるいくさのあった場所だという話が出る。そしてひろ子は安兵衛を、ある銅像の前に連れていく。誰の銅像か名前は出さない。でも読者にはわかるよね。その場面を引用しよう。
「この人が幕府に政権を明け渡させたのよ」
「ずいぶんどんぐりまなこの男でござるな」
そこにも説明の立て札があったのに安兵衛は目をとめた。
「薩摩でござるか」
「でもこの人、最後は明治政府に反抗して殺されちゃうの」
「そう書いてあり申すな」
亮ちゃん、いや従道さん、それあなたの兄さぁだから! あなたも薩摩だったじゃん、てかあなた銅像の除幕式にいたじゃん……と思わず「西郷どん」脳になってしまうのは、これはもう、仕方ないよなあ? この場面も映画ではカットされていた。ぜひ原作で味わっていただきたい。今読むと、絶対つっこみたくなるから! そして従道さんが蘇るから!
この後、亮ちゃんは「サムライせんせい」(2015年、テレビ朝日)で現代にタイムスリップしてきた武市半平太を演じる。「また現代に来たのかよ!」と思ったよね。武市半平太がいつプリン作り出すか気が気じゃなかったよね。そして大河ドラマ「西郷どん」へとつながるわけだが、難しいとされる時代劇の所作が、この「ちょんまげぷりん」の時点で完成されていたことには驚くばかりだ。また時代劇やってほしいなあ。
さきほどの引用箇所の後、安兵衛は「万物流転」という言葉を口にする。変わらないものなどこの世にはない、という意味だ。作中、安兵衛が現代から再び消えてしまったあと、ひろ子と友也はもちろん寂しがるけれど、それでも彼が残してくれたものがふたりの中にはしっかり息づいている。そして原作の続編『ちょんまげぷりん2』(小学館文庫)では、意外な形で再会(誰が、とは書かないでおく)するのである。
万物流転。でも残されたものはいつまでもちゃんと心の中にあって、それは絶対変わらない。それはたぶん、亮ちゃんもファンも同じなのだ。うん。
大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。
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