松田元太出演「だから殺せなかった」原作にはげんげん演じる青年のモノローグが 読めばわかる納得の背景とは
月明かり素敵に纏って悔しいくらい上手に笑う皆さん、こんにちは。ジャニーズ出演ドラマ/映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回は運命に翻弄される大学生をげんげんが好演したこのドラマだ!
■松田元太(Travis Japan/ジャニーズJr.)・出演!「だから殺せなかった」(2022年・WOWOW)
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- だから殺せなかった
- 価格:792円(税込)
原作は一本木透の同名小説『だから殺せなかった』(創元推理文庫)。2017年に鮎川哲也賞優秀賞を受賞した著者のデビュー作で、新聞報道のあり方と劇場型犯罪をテーマに据えた硬派な筆致が高い評価を得た作品だ。
主人公は太陽新聞記者の一本木透。経営が悪化していた太陽新聞ではテコ入れのため、社会部遊軍記者の一本木に「犯罪報道と家族」について記事を書くように命じた。一本木は悩みながら、20年前に自分の恋人の父が関与した事件のことを書く。スクープと引き換えに未来の妻を失った慟哭を綴ったその記事は、大きな反響を生んだ。
そんなある日、一本木のもとに一通の封書が届く。差出人は首都圏で起きていた連続殺人事件の犯人を名乗る人物。人間をウィルスと定義し、自分はそれを裁き、増殖を防ぐ〈ワクチン〉だという。そして一本木の記事を読んだという〈ワクチン〉は、太陽新聞上で一本木に論戦を挑んできた。「俺の殺人を言葉で止めてみろ」──。
というのがドラマ第1回の内容である。げんげん演じる江原陽一郎も第1回から登場してるけど、それはのちほど詳しくやるとして、この一本木パートに関していえば展開は原作小説にほぼ忠実だ。違いといえば、後輩の新聞記者やカウンセラーなどの女性出演者はいずれもドラマオリジナルで小説には登場しないこと、連続殺人事件の殺害方法に若干の改変があること、犯人からの声明文が原作よりかなり簡略化されていること。そして原作では、それらの事件が同一犯だとみなされた最大の理由に慰留物のDNAがあったのだが、それがドラマではカットされていた。
だが、これらの違いはまだ瑣末と言っていい。第1回から「あれ? 原作と違うぞ?」と思わず身を乗り出したのが、げんげん演じる江原陽一郎なのだ。初手から行動も雰囲気も原作とまったく違うし、放送第2回の陽一郎の行動も原作にはないものばかり。そのため一本木パートが原作に忠実なのにもかかわらず、物語の展開が原作と変わってきてるのよ、これどういうこと?
イラスト・タテノカズヒロ
■げんげん演じる陽一郎、原作で読むと……
原作をまだ読んでいない人、ドラマをまだ見ていない人、その両方にとってネタバレにならないように書くのはなかなか難しいんだけど、ざっくり言うと、ドラマの陽一郎はまず「怪しい人物」として登場する。連続殺人事件の記事をスクラップし、現場を訪れて写真を撮り、一本木に見咎められてその場から逃げ出す。どうやら親と血が繋がっていないことを知り、それが何かの鬱屈になっているらしい。
一方、原作にはそんな場面は存在しない。原作は長めのプロローグのあと、五つの章によって構成されている。そしてそれぞれの章に「江原陽一郎のモノローグ」と題されたパートがあり、陽一郎の視点で彼の置かれた環境や思いが綴られる。原作の陽一郎は犯行現場に行ったりもしないしカウンセラーにも会わないし一本木から逃げたりもしない(そもそも後半まで陽一郎と一本木は出会わない)。つまり原作の陽一郎には「怪しい」ところはないのである。
原作のモノローグで語られるのは、幼い頃から陽一郎は両親が大好きで、幸せな子ども時代だったこと。それが、父の(ドラマでは母の)日記を読んで、自分が両親と血が繋がっていないことを知ったこと。「実の親でも酷い親はいるのに、うちは幸せなんだ」と自分に言い聞かせるため、児童虐待の記事を集めるようになったこと。そして両親から、捨て子だった彼を引き取った経緯を聞いて、その誠実さに打たれ、それまで以上の愛情と尊敬を持って親に向き合ったこと。その後、母が病気で亡くなったこと──。
ドラマの陽一郎と原作の陽一郎がある程度一致するのはドラマの第3回なのだけれど、ドラマは一本木視点で進むため、原作の「江原陽一郎のモノローグ」に対応する部分は極めて簡略化されている。なのでぜひ原作で、各章の「江原陽一郎のモノローグ」を読んでいただきたい。いい子なんだよ陽一郎! すごくいい子なんだよ~。ここをぜひげんげんで脳内再生して読んでみて!
じゃあ、なんでドラマは陽一郎を怪しい存在として出したのか? しかも誤解が解けてからは、陽一郎はとても一本木を信頼するようになる。これも原作にはない展開だ。これは想像だけれど、ドラマでは早い段階で、かつ何度も、陽一郎と一本木を会わせたかったんじゃないかなーと。そうすることによってある「効果」が原作より強められているのだ。これは映像ならではかも。原作を先に読んでいると、「なるほど、これをやりたかったのか」とにやりとしちゃうよ。
■原作とドラマ、〈異なる結末〉がもたらすもの
実はこのドラマ、結末部分に原作とのとても大きな違いがふたつある。結末なのでここで明かすことはできないが、犯人が逮捕されるとき、陽一郎のいる場所が原作とドラマでは違うということだけ書いておこう。さらにその後も、原作にはない陽一郎の登場場面が続く。この違いはかなり大きい。なぜなら、原作では読者が想像するしかなかった「その時の陽一郎の様子」を、視聴者はげんげんの演技によって目にすることができるのだから。
そしてもうひとつ、原作では当事者に知らされないままだったある事実が、ドラマでは容赦無く知らされることになる。この違いには驚いた! えっ、それ伝えちゃうのか、とのけぞったさ。
原作では、この後どうなるのかは読者の想像に委ねられた。関係者たちに(というぼかした表現しかできないのが歯痒いが)これからどんな運命が待ち受けるのか、彼らの行動いかんで未来は何通りも想像できた。けれどドラマは、その中からひとつの道を選んで視聴者に提示したわけだ。
──ということを踏まえてドラマのラストシーンを見ると、あそこのげんげんの表情がね! いったいあのあとで彼はどんな言葉を口にするのか。序盤からずっと陽一郎の気持ちが一人称で綴られてきた原作を読めば、なんとなく予想できる気もするのだが、さて、どうかな? ぜひ原作で彼の思いや葛藤、そして愛情に触れて、〈ドラマのラストの続き〉を想像してみてほしい。
げんげんといえばトラジャの末っ子で、明るくて元気で天真爛漫なイメージだ。落ち着いているはずの年長さんたちすら巻き込んで場をなごませる、ぽわぽわした愛されキャラ。一方このドラマの陽一郎は、実に過酷な運命に晒される。彼自身には一片の原因もないことで、ただ大人たちの都合で翻弄されるという役どころだ。暗く演じようと思えばいくらでも暗くなれる。
けれどそれを明るいげんげんが演じることで、親子の団欒場面や、一本木の調査の役に立てた喜びや、そういった〈陽の場面〉がとても温かく印象的に浮かび上がったのには驚いた。この子は辛い環境にいるけど、すごく心根の優しい子なんだというのが伝わってくるのだ。さらには、きっとこの子ならこのあとも大丈夫という安心すら与えてくれる。短い場面でこの印象付け、やるじゃんげんげん!
大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。
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