大矢博子の推し活読書クラブ
2017/08/16

スタイリッシュな和み系金田一耕助登場 稲垣吾郎版「犬神家の一族」[ジャニ読みブックガイド第7回]

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 誰かにもできることはみんな承知の事実で生きてる皆さん、こんにちは。このコラムの最後には毎回「このヒーローはどのジャニーズ?」というアンケートを載せてますが、まあこれが、キャラの硬軟問わずここまですべて稲垣吾郎がトップというおそるべき事態になってます。役者・稲垣吾郎へのみんなの期待と支持が熱過ぎて火傷しそうだよ!
 よし、わかった。その気持ち、無駄にはしないぞ受け止めたぞ。今回は満を持して、吾郎ちゃん主演のあの伝説のミステリを取り上げようじゃないか。

■稲垣吾郎主演!「犬神家の一族」

 吾郎ちゃんが金田一耕助を演じたのは、2004年から2009年にかけてフジテレビ系列で放送されたスペシャルドラマシリーズ。その第1作が「犬神家の一族」だ。原作はもちろん、横溝正史『犬神家の一族』(角川文庫)である。

 昭和2X年、信州の富豪・犬神佐兵衛が他界。彼には3人の妾が産んだ娘がひとりずついる。彼女たちにはそれぞれ息子があり、遺産の行方が注目された。ところが、長女・松子の息子・佐清(すけきよ)が復員するのを待って公開された遺言状には、遺産は佐兵衛の恩人の孫娘・野々宮珠世に贈られるとあって一同は驚愕。しかも3姉妹の息子のうちの誰かと結婚するという条件があって……。

 というのが原作・ドラマの両方に共通する基本設定。本書を面白くしているのは、復員してきた佐清が戦地で顔に大怪我を負って仮面を被っているため「偽物ではないのか」という疑いが付きまとうことだ。DNA鑑定なんかない時代だからね。

『犬神家の一族』をよく知らないという人でも、すっぽり頭部を覆う不気味な白いマスクと、湖面から突き出る2本の足の映像には見覚えがあるのでは。この印象的な場面が映像に登場したのは1976年の映画(主演・石坂浩二、監督・市川崑)。それまでも何度か金田一モノは映像化されていたが、大きな横溝正史ブームとなったのはこの映画がきっかけだった。
 この演出はもちろん2004年の稲垣吾郎金田一でも踏襲されている。だがしかし! 実はこの2場面こそ、原作とは異なる映画オリジナルなのだ。


イラスト・タテノカズヒロ

■原作愛に満ちた稲垣版金田一、実は意外な改変が……

 実は原作では白いマスクではなく、「昔の佐清の顔とそっくりな仮面」であり「かつての佐清の顔をそのままにうつしたといわれるあの仮面はたとえようもなく美しい」とある。表情がないのが不気味なだけで、けっこうリアルな仮面なのだ。この書き方だと、彩色もされてたっぽい。

 もうひとつ、湖面から足が突き出る箇所だが、原作では「ネルのパジャマのズボンをはいた二本の足が、八の字を逆さにしたようにぱっと虚空にひらいている」……パジャマのズボン穿いてるんだよパジャマ! しかも原作では湖は凍っている(だから逆立ちが固定された)が、映画でもドラマでもそれは再現されない。まあこれはキが違……げふんげふん。

 それらも含めて稲垣版は1976年の映画に近いが、映画よりもずっと原作に忠実だ。映画では改変されていた殺人方法はもちろん、セリフ回しもかなり細部まで原作に沿っている。歴代の映像化の中で最も原作通りと言っていい。

 というかこの制作陣、かなり原作が好きだよね? 稲垣金田一の「犬神家」では冒頭に金田一が探偵になったきっかけを紹介する「誰も知らなかった金田一耕助」というオリジナルのミニドラマが挿入されているが、そこで描かれるアメリカ時代の金田一って、『本陣殺人事件』と短編「女の決闘」(『支那扇の女』所収)に登場するエピソードがベースなんだもの(ただし事件は創作)。
 ドラマオリジナルの部分ですらシリーズ設定に準拠する、しかも『本陣殺人事件』はまだしも決してメジャーとはいえない「女の決闘」を引っ張ってくるなんて、これ、相当の横溝ファンじゃないか、なあ?

 そうそう、ドラマでは人物描写も変わっている。たとえば犯人。ドラマでは情を前面に出し、取り乱す場面もあるが、原作では常に毅然とした態度を崩さない。それが怖い。また、ドラマの〈佐清〉は珠世に向かって「俺と結婚するしかないんだよ、ひっひっひ」なんて言う嫌な奴だが、原作では倫理観の呵責に悩む人物だ。この2人についてはぜひ原作と比べてみていただきたい。

■スタイリッシュな癒し系金田一、ソフト化熱望!

 吾郎ちゃんの金田一は、石坂浩二・古谷一行の流れを汲む、原作イメージに近い正統派だ。原作設定の中で、興奮すると吃音が出る・愛煙家という2点は採用されなかったようだが、服装はもちろん、死体にびびるのも、妙に自信家なのも(さすがに原作では自分の本を押し付けたりはしないが)、興奮すると頭をがりがり掻きむしるってのも原作通り。
 ただし原作では頭を掻きむしるだけで、フケが落ちる描写は(少なくとも『犬神家』には)ない。これも映画の石坂浩二から始まった演出なのだ。それを吾郎ちゃんも踏襲してるんだけど、いやもう、フケすら美しい! あんな清潔感溢れるフケは見たことない。あれはフケではなく妖精の粉だきっとそうだ。

 インバネスから埃が立とうが妖精の粉を飛ばそうが、稲垣金田一はスタイリッシュで品がいい。と同時に、飄々としたそのキャラクターは陰惨な描写が続く物語の中にあって、ほっと場を和ませてくれる。実際、原作でも金田一が登場する場面はどこかコミカルで、猟奇的な物語を中和する効果がある。実はこれが探偵・金田一のポイントなのだ。

 私立探偵とはそもそも外部からやってきて、場を観察し、当事者に話を聞き、事件を解き明かす存在だ。描かれるのは決して金田一自身のドラマではなく、金田一はむしろ全体を俯瞰し、情報を集めて整理する狂言回しなのである。
 演出の星護氏はドラマ「ソムリエ」(フジテレビ)で吾郎ちゃんと組んだとき、彼の「生活感のなさ」が印象に残ったと語っている。それを聞いて膝を打った。ドラマの中にいながら、事件の外側にいる存在。それは「生活感のなさ」に通じるものではないかしら。犬神家のどろどろに巻き込まれず、部外者としてインタビュアーのように関係者から情報を聞き出し、物語と読者の橋渡しをする……

 え、インタビュアー? そうか、「ゴロウ・デラックス」だ! 事前にしっかり下準備し、相手によって対応を変え、誠実に話を聞き出す吾郎ちゃん。相手も視聴者をも同時に癒すあの吾郎ちゃんだからこそ、金田一がハマったんだ!

 稲垣金田一のシリーズ5作、いずれ劣らぬ豪華出演陣と原作リスペクトの名作揃いである。ソフト化されてないのが不思議でならない。フジテレビさん、ぜひソフト化をお願いします。オンデマンド配信でもいい。今だからこそ、もう一度見たいのよ!

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2017/08/30
第7回アンケートの受付は終了いたしました。
芦辺拓『金田一耕助VS明智小五郎』の主人公、明智小五郎を演じて欲しいジャニーズには1位が稲垣吾郎さん。85%の方が稲垣さんに投票されました!2位は香取慎吾さん、3位は木村拓哉さんでした。
アンケートの詳細は下記からご覧頂けます。
>> 第7回
多くの方のご参加をありがとうございました!
第7回は江戸川乱歩が生んだ穏やかでダンディ、行動派の名探偵「明智小五郎」です。稲垣金田一と対決させるなら……、ご参加をお待ちしております!
>> アンケート このヒーローにはどのジャニーズ?【8】

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