中島健人主演「桜のような僕の恋人」ケンティーに教えられたロマンチストならではの原作の読み方とは
常識も非常識も君とならばぶち壊せる皆さんこんにちは。ジャニーズ出演ドラマ/映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回は当コラム初のNetflix作品、ケンティーの主演映画だ!
■中島健人(Sexy Zone)・主演!「桜のような僕の恋人」(2022年、Netflix)
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- 桜のような僕の恋人
- 価格:660円(税込)
3月24日に全世界独占配信が始まったこの映画。原作は宇山佳佑の同名小説『桜のような僕の恋人』(集英社文庫)だ。カメラマン志望の青年と美容師の女性の恋愛小説である。
朝倉晴人は美容師の有明美咲をお花見デートに誘おうとして勢い余り、ヘアカットの最中に振り向いたため耳たぶを切られてしまった。それをきっかけにデートの約束を取り付け、少しずつふたりの距離が縮まっていく。美咲のために、一度は諦めたカメラマンの夢に向かって奮闘する晴人。初々しいカップルの幸せな日々。
しかし蜜月は長くは続かなかった。体調を崩した美咲が病院で検査したところ、「早老症」と診断されたのだ。人の何十倍もの速さで老いていく病気で、1年も経たないうちに老人の見た目になり、寿命を迎えてしまうという。美咲はそのことを隠し、晴人の前から姿を消す。老いていく自分の姿を見せたくなかったから。けれど突然振られた晴人はわけがわからず……。
というのが原作・映画に共通するあらすじである。驚いたことに、映像化にはつきものの改変が、この映画に限ってはまったくと言っていいほどなかった。ふたりのデート場面が原作より多くなっていたことや、晴人の嘘を美咲が知るきっかけ、美咲の死後のエピソードなどに若干の違いがある程度。物語の展開は9割9分、原作通りと言っていい。
けれどやはり映像には映像ならではの見どころがあった。ひとつは美咲の「老いていく様子」をビジュアルで見せたこと。特殊メイクとその見せ方の工夫、そして何より美咲役の松本穂香さんの演技もあって、これがなかなかに衝撃的だった。文字だけの小説なら「見た目が変わった」というふんわりした概念だけで読み進められるところを、映像は残酷なまでにリアルを突きつける。
老いた姿と若いままの姿を同じ場面で重ねて見せるという演出にも唸ったし、何よりケンティーの泣きの芝居が! 静かに涙を流す場面あり、喉から血が出そうなほどの慟哭あり。この物語のキモはふたりの「再会」とその後の顛末にあるんだけど、その場面でのケンティーの泣きには震えが来たさ。
イラスト・タテノカズヒロ
■ケンティーが演じることで可能になった、もうひとつの読み方
映画は映像ならではの見どころ満載で、しかも原作からの改変はなし──となると、じゃあ映画だけ見れば原作読まなくてよくね? となりそうなところだけど、いやいや、映画になったおかげで原作の新たな読み方が可能になったのである。
原作小説が刊行されたのは2017年。すでに各所で語られているが、ケンティーは本書を2019年に読み、感動してベッドのシーツが濡れるほど泣いたという。その後で晴人役のオファーが来たわけだが、「小説すばる」4月号に掲載されたケンティーと原作者・宇山さんの対談に、ちょっと面白いくだりがあった。
「監督が持っている晴人のイメージと、僕が持っている晴人のイメージが少し違っていたんです。僕が思っていた晴人はもう少し爽やかで我がしっかりある印象だったんですよ」「僕の印象では、晴人はすごくロマンティックな人なんですよ。だから、野暮ったい表情や、地味なビジュアルが想像できなかった」
え、待って、私が原作読んだときの晴人って、めっちゃポンコツなイメージだったんですけど? 見栄張って嘘つくし、美咲をデートに誘うことにいっぱいいっぱいになって鋏を使ってるときに振り向いちゃうし、相手が断れない状況で交換条件みたいにデートを申し込むタチの悪さに自分で気づいてないし、その割にデートの段取りはダメダメだし、「美咲さんにふさわしい男になるまでは」という理由で一方的に連絡断つし(美咲にしてみれば放り出されたようにしか思えない)。
つまり晴人ってのは、自分の気持ちにだけ一生懸命で相手を見ない、自己完結しがちなタイプだな、と読みながら私は思ったわけだ。ところがケンティーは彼を、爽やかで我をしっかり持っててロマンティストだと言う。同じ小説の、同じ人物のことなのに、これほどまでに捉え方が違うのか。これはちょっと衝撃だった。私、かなり心が汚れてるのでは……。
ケンティーの解釈は監督とも違っていたそうなので、ケンティーの読み方の方が少数派なのかもしれない。でも、あの晴人をそう受け止めていたということに私は感動した。そしてもう一度、今度は「爽やかでロマンティストで、好きになった気持ちに嘘をつかないロマンティスト」という目で読み直してみた。すると、初読のときの「こいつポンコツじゃん」と思っていたところまで愛おしく見えて、応援する気持ちになったのである。びっくり。
■さらにケンティーに倣って、こんな読み方も
この対談でもうひとつ興味深かったのは、ケンティーが渡された台本の話だ。映画・原作とも、晴人のパートと美咲のパートに分かれている。そしてケンティーの台本は、美咲パートがすべて白紙だったというのだ。「何が起きているかわからないまま振られた男」であり「もう時間が残り少なくなってから真実を知る男」であり、さらには「気づくべきことに気づけなかった男」なので、なるほど、相手パートを知らないというのはアリだ。
で、それに倣って、原作でも晴人パートだけを読むというのをやってみた。章で分かれているわけではないし、美咲パートにも晴人は登場するので完全には無理なんだけど、それでも物語の印象が大きく変わったのだ。
原作小説は心情描写がかなり親切で、視点人物が何を思い、どう考えていたか、喜怒哀楽が極めてストレートな言葉で綴られる。だからついつい、読者は神の視点で登場人物をまるっと理解し、答えを知っているような気持ちになる。けれど片方の視点だけで読んでみると、「相手の気持ちがわからない」という当たり前の、けれど忘れがちな事実が浮かび上がるのである。
知らないからプロポーズを決意して舞い上がるし、知らないから突然の別れに戸惑う。原作を通読してるときは「美咲はたいへんなときなのに、またそんな自分の気持ちだけでいっぱいになって!」と晴人に怒っていたのだが、でも知らないんだもの。そうだよなあ、そりゃそうだよなあ。だから後が切ないんだよなあ。
自分の見方は絶対ではないし、人によって解釈は異なる。つくづく「他人を語る/評価する」ことは「自分を語る/評価する」に他ならないのだなあと痛感した。ケンティーの解釈は愛に満ちているのだ。
前述の対談でケンティーは、「ジャニーズの仲間に『変態ロマンチスト野郎』ってあだ名をつけられた」と話していたが、変態ロマンチスト野郎ならではの解釈で、物語に新たな楽しみを見出してくれた。てか変態ロマンチスト野郎って、もしかして国連に投入したら紛争がなくなるやつでは……?
大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。
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