岡田准一主演「燃えよ剣」ストイックな土方を演じた岡田くん 原作の「あれ」がカットされていて一安心!
WAになって踊る皆さんと、東の空へと明日をつかまえに行く皆さんと、無垢な魂が熱を上げる皆さん、こんにちは。ジャニーズ出演ドラマ/映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回はようやくスクリーンで見ることができたこの映画だ!
■岡田准一(V6)・主演、山田涼介(Hey!Say!JUMP)、森本慎太郎(SixTONES)・出演!「燃えよ剣」(2021年・東宝)
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- 燃えよ剣 上巻
- 価格:817円(税込)
ホントは2020年GWの公開予定だったこの映画。ご存知の通りのコロナ禍で、まあそりゃ延期も仕方ないかと思ってはいたものの、まさか1年半も待たされるとはね! 無事に公開できてよかった……。
原作は言わずと知れた司馬遼太郎『燃えよ剣』(新潮文庫・他)。新選組副長・土方歳三がまだ多摩のバラガキ(不良少年)だった時代に始まり、京に上って新選組を結成、箱館戦争で銃弾に斃れるまでを描いた一代記である。1962年から64年にかけて雑誌連載されて以降、60年近くの長きにわたって新選組小説の金字塔として読まれ続けている。「鬼の副長」という土方歳三のイメージは、この作品から始まったのだ。
とは言うものの、60年近く前の小説となれば、今の情報とはそりゃあいろいろ違ってるわけですよ。一例を出せば、芹沢粛清のメンツも今に伝わっているものとは違うし、会津に残ったはずの斎藤一が原作では土方と一緒に箱館まで行っている。また、後年のイメージとの齟齬もある。池田屋での近藤は「手向かい致さば容赦無く斬り捨てる」なんて言わないし、藤堂平助は近藤暗殺を目論む裏切り者だ。むしろ、古い小説はそういった違いを楽しむという読み方ができるのが面白い。
さらに、史実と違っていても、それが気にならないのが原作『燃えよ剣』のすごいところ。なぜなら、あくまでフィクション、小説として書かれているから。作中、架空の人物がふたりいる。ひとりは土方の剣のライバルにして宿敵・七里研之助。もうひとりは土方の恋人のお雪。しかもどちらも箱館までやってくる。宿敵と恋人が創造されたことで『燃えよ剣』は土方歳三が主役の「剣豪小説」としての普遍的な構造を持ち、時代を問わず楽しめるのだ。
原作はそれでいいとして、令和に公開された映画では史実やイメージの違いをどう処理するのかな? と思って観ていたのだが……まったく心配なかった! なんせ6年の歳月を140分に収めるんだもの、エピソードはばっさばっさ削るしテンポは速いし。同じ監督で同じ主演で同じ原作者の映画「関ヶ原」(2017年)も高速だったので(詳しくは当コラム「関ヶ原」の回参照)そうなるだろうなと思ってはいたが、史実ツッコミをする余地もなかったぜ。
イラスト・タテノカズヒロ
■原作の土方はヒドい男!?
けれど細やかに原作が再現されている部分もあった。たとえば多摩時代の土方の歩き方。とても特徴ある歩き方で後に近藤に矯正するよう言われるが、あの歩き方は原作に書かれている通りなのだ。岡田くんはかつて司馬遼太郎の作品はほぼ読んでいるとインタビューで語っていたことがあるけれど、実に細部まで読み込んでいるのだなあ。また、剣戟場面に至っては原作以上と言っていい。エンドロールの「土方関連殺陣 岡田准一」でご飯3杯いけるね。
ということで映画と原作の違いとなると、「原作ではひとつひとつのエピソードや人物や時代背景についてたくさん描写されてるし、とばされたエピソードもちゃんと網羅されてるので、原作読むと映画がもっとよくわかるよ」ということに尽きるのだけれど、それだけではあんまりなので土方の描写についてひとつだけ触れておこう。
あのね、映画の岡田くんのイメージのままで原作読むと、第1章から「はあ?」ってなるから心の準備をしておいてね。多摩時代の土方なんて今読むとサイコパスだからね? 特に女性の扱いがヒドい! 幕末がそうだったのか、それとも昭和半ばの小説だからなのか、土方と司馬御大を並べてじっくり話を聞きたい衝動にかられたさ。映画ではそのあたりはちゃんとカットされていたし、山田くん演じる沖田がフォローしてくれていたので安心したけども。
映画では柴咲コウさん演じるお雪(またこれもいろいろ原作と違う)一筋だったが、原作ではお雪の登場はもっと遅く、その前には違う女性と情を通じる。沖田に笑われる「知れば迷い 知らねば迷わぬ 恋の道」の句はお雪ではなく、そちらの女性を考えて詠まれたことになっている。恋愛ではなくただのアレということになると、もう気持ちの赴くまま。動物か。こと女性関係に関しては、映画は原作よりずっとストイックに描かれているのが最大の違いだろう。
ただ、女性の扱いはさておき、触れたら切れるような危険なキャラというのは土方の魅力でもある。京極夏彦の『ヒトごろし』(新潮文庫)はまさに土方を血に狂ったサイコパスとして描いていて、これがべらぼうに面白いのでぜひご一読を。この土方を岡田くんで脳内再生しながら読むと、ハマりすぎて怖いぞ~。
■山田総司と森本鉄之助の見どころは
映画はあくまで土方歳三の物語だったが、山田くん演じる沖田の定番の見せ場もちゃんと用意されていた。軽やかな剣戟、明るい性格、懐いていた芹沢を平気で殺す狂気、池田屋での喀血、そして病み衰えていく風情。岡田くんとふたりの場面が多かったのも眼福だった……。
その沖田の最期は、映画では蔵から出てきた沖田が黒猫に刀を向ける(そして猫は逃げる)場面で終わっていたが、山田担は原作下巻の「沖田総司」の章を読むべし。死を目前にした沖田が何を思い、周囲がどう接したか、丹念に描かれる。特に映画では、沖田の姉が庄内へ行くことになったと言ってそそくさと別れるが、原作ではそのくだりがとても切なくて、いい場面なのだ。姉と弟が互いを思いやりながらゆっくりと最後の会話を交わす。ああ、映画でやってほしかったなあ。黒猫の説明も原作にある。
沖田総司に興味を持った山田担に薦めたいのが、大内美予子『沖田総司』(新人物文庫)。1972年の作品だが、今でも電子書籍で流通している。山田くんが演じた、透明感のある沖田総司のイメージそのままで彼の生涯が描かれるので、ぜひ手にとってみてほしい。
SixTONES森本くんが演じたのは市村鉄之助。森本担の皆さんは、いつ出てくるかとスクリーンに見入ってたのではないかしら。大政奉還後に土方が江戸から連れてきた新入隊士の中に鉄之助はいた。そして彼の最大の見せ場は、箱館戦争の最中に土方から遺品を多摩の佐藤家に届けるよう言われる場面である。映画では託される場面だけだったが、これも原作にはその前後が描かれている。下巻の「小姓市村鉄之助」の章だ。
原作では鉄之助を初めてみた土方が「お前、沖田に似ているな」と言って採用を決める。新選組から脱走者が相次いだときも、鉄之助は「沖田さんの介抱があるから」と踏みとどまった。土方、沖田、鉄之助というジャニーズ3人の交流が、原作では読めるのだ。ああ、これも映画で見たかった。そして土方から遺品を託され、泣いて残留を乞い、腹を切るとまで言ったエピソードは「官軍上陸」の章にある。
コロナ禍で公開が延びたため、はからずもこれが「V6・岡田准一」としての最後の映画となった。その作品で、かわいい弟分であり盟友でもある沖田総司に山田涼介が、自らの思いを託して生き延びさせる若い小姓・市村鉄之助に森本慎太郎がキャスティングされている。これがとても象徴的に思えて、なんだか感動してしまったのだった。
大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。
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