大矢博子の推し活読書クラブ
2023/06/28

西畑大吾主演「忌怪島」湿り気たっぷり「禁忌の島」をメタバースで!? 意欲的なホラーの背景を原作で補完 大吾くんの可愛さも炸裂!

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 ピースを閉じて少し曲げる皆さんこんにちは。ジャニーズ出演ドラマ/映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回は自称怖がりな大吾くんがホラーに挑戦したこの映画だ!

■西畑大吾(なにわ男子)・主演!「忌怪島」(東映・2023)

 物語の始まりは、海に近い家の中で、中年男性がヘッドギアを装着する場面だ。すると彼の視点を通して映像は海辺へと移るが、何か予想外の事態が起きている模様。その様子をモニターしていた女性・井出が慌てて自らもヘッドギアを装着、システムにログインするも彼女もまたその予想外の何かに囚われてしまう──。

 そして舞台が変わる。天才脳科学者と言われる片岡友彦が南の島へやって来た。そこでは若きプログラマたちがシンセカイというVRの開発に勤しんでおり、その助っ人として呼ばれたのだ。島全体をスキャンしたメタバース(ネット上の仮想空間)の中にいるメンバーのアバターたちに、友彦は見事に嗅覚や触覚を再現してみせる。

 ところがそのデモの最中にトラブルが起きた。急に全員が強制ログアウトさせられたのだ。だが友彦だけはログアウト直前に他のメンバーとは異なるものを見た。海辺の家に佇む中年男性と彼にまとわりつく異形の何か、だ。そして強制ログアウトの瞬間、記録画像には正体不明の赤っぽい何かが映っていた。バグか?

 現実に戻ってきた友彦が、彼をこの島に招いたチーフの井出文子についてメンバーに尋ねると、なんと井出は亡くなったという。しかも同じ日の同じ時、海辺の家で男性も死亡していた。どちらも室内なのに、肺の中には多量の海水が入った溺死だった。この島でいったい何が起きているのか?

 というのが映画「忌怪島」の導入部だ。ホラーは一般に「この世」と「あの世」の境がなくなる怖さを演出するが、この物語ではそれを「現実」と「メタバース」という構造に重ねている。いや、ぶっちゃけメタバースの中に取り込まれてリアルに戻れないって、ある意味「あの世」よりも身近で、しかもありそうで、怖くない?

 そこに、舞台がシャーマニズムの残る島であること、その島には古くから伝わる禁忌があることが関わってくる。このあたりは湿り気たっぷりの、お馴染みの世界。つまり古式床しい日本ホラーのお家芸「ムラ社会の爛れ」と現代科学の最先端であるVRホラーの融合だ。ユタ(島の霊媒師)の脳波をトレースするなんて発想にはちょっとワクワクしちゃったぞい。が、いちばん怖かったのはPCでいっぱいのマシンルームに海水が入ってくる場面だけどな! 絶対壊れるだろそれ。


イラスト・タテノカズヒロ

■小説版だけのエピソードに注目!

 この映画に原作小説はないが、小説版が刊行されている。久田樹生『忌怪島〈小説版〉』(竹書房文庫)だ。ノベライズの場合は脚本をベースにするので、基本的に映画と小説版に違いはない──ものなのだけれど。いやこれ、違う! いや違わない。どっちだ。えっと、ストーリーそのものは違わないんだけど、映画にはなかったエピソードが小説版には盛り込まれてるのよ。これがけっこう面白い。

 たとえば、シンセカイ開発のメンバーのリーダー格である山本。平岡祐太さん演じる彼は関西弁のムードメーカーで、怖がる女性たちを叱咤したり、クライマックスにはひとりで呪われた場所に向かったりと見せ場は多い。映画で見る山本は、挨拶もろくにできない友彦よりも、観客に好印象を持たれるはずだ。

 でもそれが! 小説版には山本の意外な真実の姿が出てくるのよ! 正直に言うが、小説版を読んでていちばん面白かったのがここだ。山本、そうだったのかおまえ、ってなったね。もともと脚本にもあったのにカットされたのか、それとも小説版作者のオリジナルなのかはわからないが、確かに映画にこのエピソードが入るとちょっとノイズになりそうではある。でも小説の場合、これが効いてるのだ。いや、山本だけじゃない。他のメンバーもそれぞれ小説版では彼らが何を思ってここにいるのかが語られる。それが実は物語のテーマにも関わってくるのだ。

 映画の序盤で、友彦は亡くなった中年男性の娘から矛盾を指摘される場面がある。この島で何をしてるのかと訊かれた友彦は「ヒトと関わらなくていい世界を作っている」と答えるのだが、「人と関わらなくていい世界、だけど共有したいんでしょ?」と言われるのだ。他者と関わるのは鬱陶しい、けれど確かに友彦が精魂傾けている研究は他者と共有するためのものだ。そんな矛盾を登場人物の誰もが抱えている。シンセカイのメンバーだけでなく、地元の人たちも。

 映画に登場する地元の中学生のリンは、小説版ではユタの後継と目されているが親からは島を出ていくよう勧められている。役場に勤める肥後は、実は大学で民俗学を学び、島の風習についても思うところがあるが、生活のために蓋をしている。どちらも映画には出てこない、小説版だけのエピソードだ。そんな誰しも抱える矛盾──本心に向き合うことをせず、望まれる役割に従ってしまうメンタリティが、かつてこの島で起きた禁忌の根っこに通じるのではないか──そういった「恐怖とは別のテーマ」が小説版からは明確に立ちのぼるのだ。

■小説版であかされる友彦の内面を大吾くんで脳内再生せよ

 その最大の違いがクライマックスの場面に登場する。ここで具体的に書くことはできないけど、霊との対決?みたいな場面があると思ってほしい。ここで小説では、「え、あの人とあの人がここに登場するんだ!」みたいな展開が用意されているのである。

 うーん、と、書いたはいいが、実はちょっと自信ない。というのも私、ホラーが根っから苦手で、怖いのが出て来そうな場面は薄目で見てるんだよね。だからもしかしたら映画のその場面にもあの人とあの人が出てきてるのに気づかなかっただけかもしれない。だったらすみません。てかホラー映画の何が怖いって、音よ音! いきなりの爆音てビジュアルの恐怖より心臓に悪くない? 音量絞って薄目で見たら怖さ半減するよ(なてことを言うような人は普通はホラーを見ない)。

 話を戻す。小説版の(もしかしたら映画版でも?)クライマックスであの人とあの人が出て来たとき、友彦の「人と関わらなくていい世界への憧れ」がこういう形で否定されるんだなと感心したのだった。関わらなかったからこその禁忌(恐怖)と、関わることの救いが、この小説版からは見て取れるのだ。

 でもって大吾くんですよ。普段の大吾くんとはまったく違う、周囲をシャットアウトしつつも得意分野になると早口で喋るという天才オタ気質。褒められるとちょっと嬉しそうな顔をするのが可愛い。

 小説版には映画に出てこないエピも多く、「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」というアーサー・C・クラークの言葉を友彦が思い出す場面があって「その手のSF読んでるんだ!」というのもわかるし、なぜ彼が脳科学を専攻するに至ったかも小説版で読むと「そうか!」ってなるよ。高校生に間違われるシーンもあり、さらに可愛さ炸裂。映画ではほのめかされるだけだったラストシーンも小説ではしっかり説明されている。ぜひ小説版を大吾くんで脳内再生しつつお読みいただきたい。

 インタビューによれば大吾くんは俳優の仕事のときには「お邪魔させていただく」という気持ちなのだそうだ。なにわ男子の西畑だから呼んでもらえた、という意識でいるという。ベースはあくまでなにわ男子にある、というのはファンとして嬉しいが、俳優・西畑大吾もすでに実績を重ねている。その姿は、役者という仮想空間と行き来しつつなにわ男子というリアルに還元してくれているように見えるのである。

大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。

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