「カンパニー 逆転のスワン」アイドル井ノ原快彦が主役を支える裏方役を演じる意味とは
悩んでたって何も変わらない皆さん、こんにちは。ジャニーズ出演ドラマ/映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回は普段舞台の上にいるイノッチが、舞台を支える側を演じるこのドラマだ!
■井ノ原快彦(V6)・主演、松尾龍(Jr.SP/ジャニーズJr.)・出演!「カンパニー 逆転のスワン」(2021年、NHK BSプレミアム)
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- カンパニー
- 価格:880円(税込)
いやごめん、その前にこれだけは言わせて。年が明けて嵐ロスを覚悟していたこの身に突然降ってきた「2023年の大河ドラマ、主演・松本潤」のニュース! 松潤が徳川家康! 征夷大将軍MJ! YOU、天下統一しちゃいなYO! ものすごく予想外の方向からものすごく予想外のプレゼントが飛んできた気持ちだよ。今からわくわくしてる。再来年まで元気で生きよう万全の体調で松潤大河に備えよう。感染症対策にも気合が入るってもんだ。
大河ドラマの家康といえばまもなく最終回を迎える「麒麟がくる」でかざぽんが熱演中。これまで大河のジャニーズは麗しき小姓・森蘭丸とか赤穂浪士きっての美少年・矢頭右衛門七ってあたりが定番だったのに、まさかの家康バトンですよ天下人ですよ。そのうち家康の予習ができる小説をたっぷりこってりガイドするので刮目して待て。
ということで失礼しました、イノッチの「カンパニー 逆転のスワン」に話を戻すよ。原作は伊吹有喜の小説『カンパニー』(新潮文庫)。製薬会社社員の青柳誠一は、社が後援する敷島バレエ団への出向を命じられた。社のイメージキャラクターを務める世界的バレエダンサー高野悠を客演に迎える年末の公演「白鳥の湖」を、調整役として必ず成功さすべし、さもなくば社内に椅子はなくなる──。戦力外通告に等しい内示だ。
そんな青柳を、プライベートでも災難が襲った。妻からの突然の離婚宣言だ。話し合う間もあらばこそ、妻は荷物をまとめて娘と一緒に出ていってしまった。自分の何が悪かったのかまったくわからない青柳。公私ともに崖っぷちの状態で、青柳はまったく知識のないバレエの世界に身を投じることになる。
原作にはもうひとり主人公がいる。青柳と同じ会社に所属するスポーツトレーナー、瀬川由衣だ。ともに世界を目指していたランナーが突然の妊娠、引退。管理不行届と責められ、青柳同様バレエ団への出向となる。瀬川の仕事は腰を痛めた高野のフィジカルケアだが、高野は気難しく、瀬川を断固として拒否。こちらも崖っぷちだ。崖っぷちふたり、さまざまなトラブルを抱えたこのバレエ公演を成功させることはできるのか?──というのが原作のアウトラインである。
イラスト・タテノカズヒロ
■アイドルのイノッチが裏方を演じる見どころ
イノッチ演じる青柳の、アイドルがやっちゃいけない顔のアップで幕を開けたドラマの初回放送。このコラムが更新される1月27日の時点ではまだ放送は3回を数えたところだが、ここまでの印象は「原作を変えたと見せかけて原作通りに帰着する」といった感じだ。
たとえば原作では高野ははじめから客演が決まっていたのに対し、ドラマは高野に出演交渉するところから始まる。ドラマのコンビニ店員・美波は、原作ではまったく違った登場の仕方をする。第3回に起きた幽霊騒ぎも原作にはない。第4回の予告を見ると人気ボーカル&ダンスユニットとのコラボを青柳が提案するようだが、原作では上意下達で一方的に決められ、青柳は振り回される側だ。
そんなふうに設定は変えているのだけれど、気づくと原作通りに話が運んでいる。原作を読んでいると、なるほどこのエピソードをここにつなげるのか、という制作側の意図が見えて楽しいぞ。さらに原作は青柳のパートと瀬川のパートが比較的はっきり分かれているのに対し、この改編によって主役ふたりがコンビで行動する場面が増えているのだ。つまり青柳イノッチの出番は原作よりドラマの方が多くなっているという次第。
原作もドラマもとてもよく出来ていて、ただ読むだけ(見るだけ)でも楽しいのだが、特にドラマで注目してしまうのは、イノッチが「ダンスに疎い」役であるということ。第3回ではバレエ団の団員たちにバーレッスンを強制されて悲鳴をあげたり、ボーカル&ダンスユニットの中で娘の推しがダンサーだと知ったとき「こういうのってさ、だいたいグループのボーカルの人のファンになるもんじゃないの?」と尋ねたりする。
普通の視聴者にとっては何ということのない場面だろうが、ファンにとってはこういう場面がいちいちツボにはまるのだ。だってイノッチのダンスの巧さ知ってるから! しかもV6の中では坂本くんと並んで歌唱力で牽引する立場だってのも知ってるから! そういえば一人暮らしになった青柳が慣れない料理に手こずる場面があったが、映画「461個のおべんとう」で台所での手際の良さを披露したのはまだ記憶に新しい。
つまりこのドラマを見てると、「ふふふ、青柳くんはダメなふりをしてるけど、いやいや、ホントはぜんぶデキる男なんですよ?」というメタフィクショナルな優越感に浸ってしまうのである。原作には終盤、青柳がフラッシュモブに参加する場面がある。これがドラマでも再現されるなら、イノッチは下手に踊るのかそれとも実力を発揮するのか。今から楽しみでならない。これはファンだけの楽しみ方だが、実は原作にも、ファンだけの味わい方があるのだ。
■ダンサー高野悠から浮かび上がる「アイドルの姿」
今回のドラマ化で久しぶりに原作を再読した。もちろん青柳をイノッチの顔で脳内再生しながら読んだのだが……あれ? 気づけば、別の登場人物にイノッチを重ねていたのである。バレエのスター、高野悠だ。
高野は高飛車で気難しく、こだわりも強く、極めて扱いづらい人物。そういう点ではイノッチとはまったく違う。けれど故障を抱え、年齢を重ねたスターである高野がそのままイノッチに──というよりジャニーズアイドルに重なるのである。
リハビリに励む高野を見て、瀬川はこんなことを思う。「あれほど真摯に、丁寧に身体を取り扱っても、加齢とそこから生まれる身体の故障からは逃げられない。しかも同じ世界には、若くて美しい才能が次々と現れる──。/二十代後半には引退することが多いアスリートに比べると、ダンサーの現役期間は長い。それはつまり苦悩する時間も長いということだ」(原作より)
この言葉の「ダンサー」を「アイドル」に置き換えても成立する。また、原作には高野のこんなセリフもある。「(白鳥の湖の)王子はこれまでの自分という隠喩。若くて元気で将来性があった、怖いものなしの自分です。でも誰もが若いままではいられない。成熟して大人になり、若さと訣別するときが来る」
かつてはジャニーズのアイドルも、30代になると歌番組やステージから徐々に退くか、もしくは移籍するのが常だった。それをマッチや少年隊が少しずつ変えてきた。SMAPや嵐が、アラフォーでもジャニーズトップアイドルでいられることを証明した。と同時に彼らもまた、年齢を重ねるにつれて俳優やバラエティ、キャスターという「アイドル」+αの場所を掴んできたのだ。
情報番組で朝の顔となり、ドラマでダメ社員やほのぼのしたパパを演じ、そしてライブツアーでは相変わらずクールで優雅なダンスと圧巻の歌と完成度の高いステージで観客を魅了し、6人でのわちゃわちゃでファンを和ませてくれるイノッチとV6もまた然り。長く応援しているファンにはいっそう、原作の高野の言葉が響くに違いない。結成から26年を経て、個人の得意分野とグループでの活動を見事に両立させているV6。その陰にはどれほどの努力があったことだろう。
そして瀬川言うところの「同じ世界には、若くて美しい才能が次々と現れる」の象徴が、バレエダンサー役で出演しているJr.の松尾龍くんである。このドラマで初めてちゃんと見た(ごめんね)のだが、いや何この子めちゃめちゃ可愛いな? 手乗り松尾龍とかあったら買っちゃうくらいの可愛さだな? そしてそのキュートな見た目とキャラに反して、クラシックバレエ経験者らしい身のこなしにおばちゃんギャップ萌えで倒れました。前述のフラッシュモブの場面がもしドラマであるなら、龍くんとイノッチのダンスが同時に見られるかもしれない。ドラマ後半が俄然楽しみになってきたんですけど!
大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。
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