菊池風磨主演「バベル九朔」現実と夢のギャップにつけこまれる人々…… 不可思議な原作の魅力を解題
君の感情全て出し切って飛び込む皆さん、こんにちは。ジャニーズ出演ドラマ/映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回は風磨くんが何度もビルから落ちたり高地くんが何かに食べられちゃったりするこのドラマだ!
■菊池風磨(Sexy Zone)・主演、高地優吾(SixTONES)・出演!「バベル九朔」(2020年、日テレ)
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- バベル九朔
- 価格:748円(税込)
原作は万城目学の同名小説『バベル九朔』(角川文庫)──なんだけども。いやあ、これ原作とドラマ、ぜんぜん違うな? どこから説明しようかな。うん、まずはドラマの設定から見てみよう。
脚本家を目指す九朔満大は、執筆に専念するため1年間限定でビルの管理人を務めることに。高校時代からの親友・後藤健と一緒に雑居ビル「バベル九朔」に住み始めた。このビルを建てたのは満大の高祖父だという。ある日、地下の物置に入ろうとした満大は、突然奇妙な光に包まれ、意識を失う。目を覚ますとそこは前と変わらぬビルの中に見えたが、どこからともなく現れた白い服の少女が、「ここはバベル。現実じゃない」と告げた。
少女が言うには、バベルの中では望みが何でも叶うらしい。けれどそれは罠で、人を偽の夢で釣ってバベルが取り込んでしまうのだという。安穏な夢の中で、「僕はここにいる」と言ってしまうと途端にバベルが牙を剥き、その胎内へと引きずり込まれてしまうのだ。満大は、ビルのテナントさんたちがその夢に騙されかけるのを懸命に阻止し、現実世界に連れ戻す。しかし親友の健はバベルに取り込まれ、そして……。
──というのがドラマのあらすじだ。かつてビルの管理人をしていた父親の記憶や、バベルの中で満大を攻撃してくる謎のカラス女など、今後、物語に大きく絡んできそうな気配はあるが、第5話までは一話完結タイプでそれぞれのテナントさんがバベルの偽の夢に囚われ、それを助けるため満大が奔走するという内容だった。
第6話から現実世界ではない〈バベルの世界〉での物語が大きく動き始めた。そして気になるのは第3話でバベルに取り込まれてしまった高地くん演じる健の運命だ。彼はどうなるの? 助かるの? ──わからない。だって健は原作に登場しないんだもの! いや、そもそも各テナントさんがそれぞれの過去や夢をバベルにつけこまれ、取り込まれそうになるという話も原作にはまったく出てこないのだ。
イラスト・タテノカズヒロ
■原作とドラマ、ここが違う
では原作小説の方の『バベル九朔』を紐解いてみよう。
小説家を夢見る九朔は、亡くなった祖父が建て、現在は母がオーナーである雑居ビル「バベル九朔」の管理人をしながら執筆を続けている。小うるさい母親、ビルの管理責任者であるマイペースな伯母、泥棒騒ぎやネズミ騒ぎなどに忙殺されていると、突然現れた全身黒づくめの女性からいきなり「扉は、どこ?」と詰め寄られた。何のことかさっぱりわからない九朔。
そんなある日、3階のテナントであるギャラリー蜜の蜜村が退去することになった。蜜村は九朔の祖父の知り合いで、その祖父が描いたという絵を九朔に見せる。その直後、ネズミの死骸を片付けようとしていた九朔は再び黒づくめの女と会い、「扉はどこ?」「時間切れが迫っているの。バベルが終わろうとしている」と告げられた。
怖くなった九朔が逃げた先は、さっきまでいたギャラリー蜜。ところがそこで、祖父が描いたという絵に先ほどまではなかった扉が浮かび上がっていることに気づく。それに九朔が触れた途端、水の中に投げ出されたような感覚を覚え、そのまま意識を失った……。
というところまでが第3章。この時点で全体の3分の1くらいにあたるため、これ以上は書かないでおくが、まあ、ドラマを見ている人には「現実世界じゃない方のバベルに行ったんだろうなあ」と見当がつくだろう。はい、その通りです。ここから先はバベルの中での戦いの話になる。少女も出てくる。父親は出てこない。
テナントの顔ぶれはほぼドラマと同じだが、ドラマのようにひとりひとりの話にフォーカスされることはない。ギャラリー蜜の蜜村さんと、探偵事務所の四条さんは九朔に深く関わってくるが、ドラマの関わり方とはまったく違う(はず。今後はわからない)。バベルとは何なのか、なぜそんなものができたのかというのが、第4章以降の原作の流れであり、その謎は幻想的な冒険譚の中で解かれていく。
■万城目学最大の「奇書」を、ドラマが鮮やかに整理した。
だからドラマが一話完結でテナントさんたちの悩みや葛藤をほぐしていく物語になっていたのを見た時、「こりゃまたずいぶんと改変したなあ」と思ったのだ。別物じゃないか、と。だがよく考えれば、(これは書き方がものすごく難しいのだが)原作では最後の方で明かされる「バベルとはどんな場所か」の答えの6割くらいが、ドラマでは第2話で明かされているのである。ミステリに喩えるなら、最後にわかるはずの犯人と動機が序盤で明かされるようなものだ。えっ、こんな改変ありなの?
だが原作を知ってドラマと比べてみると、「なるほど、これはわかりやすいかも」と腑に落ちた。なんせ原作の『バベル九朔』はスットンキョーな設定の多い万城目作品の中でもとびきりの「奇書」で、単行本発売時には読者の間で議論を呼んだほど。文庫化にあたり200枚削除して40枚書き足してずいぶんと読みやすくはなったものの、やはり絶妙な割り切れなさは健在だ。まあ、そこが魅力なのだけれど。
それをわかりやすく、かつ共感を呼ぶように作り替えたのがドラマなのだ。そして健という原作にはいない主人公の親友がバベルに取り込まれてしまったことで、おそらく満大は、原作より強いモチベーションでバベルに対峙することになる。なるほど、こんな手があったか。あ、ちなみに満大という名前もドラマオリジナルで、原作には「九朔」としか書かれていない。
表し方は違うが、原作もドラマもキーワードになるのは「夢」だ。叶えられそうにない夢を、人はどうして見てしまうのか。叶えられなかった夢に拘泥するのはなぜなのか。夢とどう向き合うかという原作のテーマはしっかりドラマにも受け継がれている。
風磨くんは雑誌のインタビューで自らが演じる満大を「夢と現実のギャップみたいなところで苦悩があったり葛藤があったりという役なので、それはもう自分たちというか……自分にも当てはまることだなと」と語っている。さまざまな曲折を経てきた中で、それでも着実に一歩ずつ居場所を固めてきたセクゾのメンバーの顔が浮かぶ。それは高地くんのSixTONESも同じだろう。彼らが今ここにいるのは、バベルに取り込まれなかった──つまり夢を諦めなかった意志の強さゆえなのだ。そして先輩の風磨くんが、バベルに取り込まれた後輩を助けて「こちら側」に戻そうとするというのは、なんとも胸熱な展開じゃないか(そう考えればきっと健も戻ってくると思うんだが、どうかな?)。
とはいえ、原作を知っていると、「ここから先、どうすんの?」と心配になることがある。バベルで出会う少女の正体が原作のキモなのだが、この少女にまつわる重要人物がドラマには出てこないのだ。ということは、原作には登場しない父親がどう関係してくるのかも含め、別の真相、別の結末があるということになる。原作を読んでいる人にとってもドラマの行先は未知。これは楽しい。そしてドラマを見たら、ぜひ原作にも手を伸ばしていただきたい。九朔自身の戦いが(コミカルな場面も含めて)たっぷりこってり描かれるので、それを風磨くんで読むとエキサイティングだぞ!
大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。
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