松村北斗出演「一億円のさようなら」 “わかりやすい話”で終わらない原作の魅力
紅に染まるまで雨に打たれる皆さん、こんにちは。ジャニーズ出演ドラマ/映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回はこのコラム初登場のSixTONES、北斗くんだ!
■松村北斗(SixTONES)、長谷川純・出演!「一億円のさようなら」(2020年、NHK-BSプレミアム)
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- 一億円のさようなら
- 価格:2,090円(税込)
ていうかのっけからハセジュンが出てきてビックリしたわ! いやあ、油断してた。そういえば大河ドラマ「麒麟がくる」でもいきなり斎藤孫四郎役でハセジュンが出てきて、キャストロール見ながら「ちょ、ま」って腰が浮いたよね。ジャニーズの大先輩であるモックンこと本木雅弘演じる斎藤道三の息子役というのがまた胸熱でした。すぐ殺されたけども。
FOUR TOPSの一翼として90年代のJr.を盛り上げたハセジュンと、2010年代のJr.を牽引してきたSisTONESの北斗くんが共演とは、ジャニーズのお家芸「縦の継承」の具現化だなあ……とまたしても胸熱になりかけたが、すぐに気づいた。いや、これ共演場面ないわ。このふたりの絡み、あり得ないわ。だって出てる「時代」が違うから。
原作は白石一文の同名小説『一億円のさようなら』(徳間文庫)。加能鉄平ははじめに勤めていた会社をリストラされた後、従兄が経営する福岡の会社に拾ってもらった。だがそこでもなぜか従兄の勘気を被り、閑職に回される。生活は楽ではないが、妻もパートに出るなどして、ふたりの子どもを育ててきた。
ところがそんなある日、実は妻に48億円という資産があったことを知る。結婚して20年、なぜ妻はそれを隠していたのか。妻は言葉を濁すも、鉄平に1億円を差し出し、好きに使ってくれと言う。そんな折、大学に通う息子や看護学校に通う娘にそれぞれトラブルが発生。だがそのトラブルもすでに妻は承知していたことを知り、鉄平は疎外感に苛まれる。そして自分には秘密だったその資産を、妻がかつての不倫相手に融通していたことを知った鉄平は、すべてを捨てる決意をして1億円を持って家を出た──。
というのが原作の第1部のあらすじだ。ここに鉄平が勤務する会社内部での事件や派閥抗争、人間関係などもかかわって、物語は家族小説と企業小説を併せたような形で動いていく。
イラスト・タテノカズヒロ
■ドラマと原作、主人公のキャラがぜんぜん違う!
25日(日)の放送で、上川隆也演じる鉄平は新天地で海苔巻きの店を出すことを決意した。唐突に思えたかもしれないが、これは原作通り。もちろん原作のかなりの部分を端折ったり、逆に原作にはないエピソードが加えられたり、会社の設定が大きく変えられたりはしているものの、大きな流れとしては原作に則っている。だが受ける印象は原作とかなり違う。
ドラマでは1億円を手にしたものの、娘や部下を通していろいろな「家族の姿」を目にし、「お金では買えないものがある」ということに気づく──というパターンが前半は続いた。つまり、どこかしら「いい話」になっている。
だがはっきり言って、原作にこの要素はない。原作の鉄平は家を出た時点でけっこう清々している。彼は心の底では家族を「愛情」ではなく「義務」と考えているし、ドラマと違って会社にも鉄平の方から辞表を出す。だって1億円持ってるし。つまり原作の鉄平は、家族にも会社にも見切りをつけるのが早い「冷たい人」として描かれているのだ。でもってベンツ(中古だけど)買ったりもするんだぞ。
鉄平のその冷酷さが原作のキモだ。真面目で常識人ではあるが、鉄平には根元の部分に読者が時折違和感を覚えるような「ずれ」がある。鉄平だけではない。他の登場人物にも「え、そんなことするんだ」と、ちょっと引いてしまうようなエピソードが登場する。それが読者の気持ちをざわつかせる。家族の問題や会社の社内闘争は確かに本書の重要なモチーフではあるけれど、ストーリーも人物描写も決して予定調和の内に終わらず、「いい話」にも「わかりやすい話」にもならないのである。
原作のラストがどうなるのかはここでは明かさないが、ハッピーエンドなのか違うのか、読んだ人と感想を語り合いたくなる結末だとだけ言っておこう。ドラマがこのまま「いい話」として続けるのなら、たぶんここから結末にかけての展開は原作と違ってくるはずだ。そこに注目して、原作とドラマを比べてみていただきたい。
とまれ、原作を先に読んでいたものだから、上川隆也の誠実で一生懸命で感情をストレートに出す鉄平はかなりイメージが違った。さらに鉄平を「いい人」にしているのが、松村北斗くん演じる「アラサー時代の鉄平」である。はい、ようやく北斗くんの話に入るよお待たせしました!
■冷酷な鉄平を北斗くんでジャニ読みしてみる
ドラマで北斗くんが演じている若き日の鉄平は、看護師の夏代と運命的な出会いをし、好きになり、彼女が不倫をしていると知ってからは悩み、そしてついに不倫相手の目の前で彼女の手をとって逃げ出すという、なんとも情熱的でロマンティックな展開を見せてくれた。結婚してからも実にいいパパぶりで、見ててニコニコしちゃったものだ。
ところが! これがまたドラマとはぜんぜん違うのである。原作の夏代は最初から医者と不倫中の看護師として登場し、鉄平は別に彼女に恋愛感情は抱かない。だが不倫に疲れた夏代が鉄平をダシにして相手と別れ、そのまま「どうやら私、加能さんのことが好きになっちゃったみたい」と言って、いつの間にか同じマンションに越してくるのである。かなり怖いぞそれは。「まだストーカーなどという言葉はなかった時代だが、彼女がやったことは現在なら間違いなくそう言われるような行為であろう」と鉄平自身が述懐しているほどだ。
つまり原作では、特に夏代に強い愛情を感じていたわけではなく、なんとなく押し切られた感が強いのだ。ドラマのようなロマンティックな展開はまるでなし。さらに原作では、中学や高校時代の鉄平の話も語られるのだが、これもまたけっこう怖い話なのである。冷酷な鉄平が炸裂している。良き恋人・良き夫の家庭的な北斗くんもいいが、こっちの冷酷な鉄平を北斗くんで見てみたくなる。
ドラマの若き鉄平は28歳から35歳の設定なので、残念ながら学生時代の話はたぶん再現されないだろう。ここはぜひ原作で、まったく違う鉄平を北斗くんでジャニ読みしていただきたい。いやこれ、「10の秘密」(2020年・関西テレビ)の伊達翼を思うと、意外といいと思うのよ?
ということで、冒頭で北斗くんとハセジュンの共演はないと書いた理由もおわかりいただけたと思う。北斗くんの出番は、いわば回想場面なので、「現在」のハセジュンとは絡みようがないのである。うーん、残念。なんとか時空を歪めてでもふたりの共演場面を作れないものか(無理です)。
でもよく考えてみると、ハセジュン演じる後藤(ドラマオリジナルのキャラで、原作には登場しない)は鉄平の部下なわけで、つまりは北斗くんの将来の部下役ということになる。Jr.の時代が長かったこと、Jr.の頃から俳優の仕事が多かったことなど、北斗くんとハセジュンには共通点も多い。そんな先輩が部下として支えてくれるなら、50代の鉄平も案外悪くないんじゃない?
大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。
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