山田涼介主演「記憶屋 あなたを忘れない」 映画と原作、異なる結末が示すそれぞれの「答え」
初恋の気持ちなら誰もが無くしたくない皆さん、こんにちは。ジャニーズ出演ドラマ/映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回は初恋の気持ちならぬ記憶をなくしてしまうこの映画だ!
■山田涼介(Hey! Say! JUMP)・主演!「記憶屋 あなたを忘れない」(2020年、松竹)
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- 記憶屋
- 価格:660円(税込)
映画を見て最初に思ったことは「面白い改変の仕方をしてるなあ!」だった。原作小説のベースを残しつつも、人物設定と物語の構造を大きく変えていたのだ。どう変えていたか。まずは原作と映画のあらすじを導入部だけ、並べて紹介しておこう。
原作は織守きょうやの『記憶屋』(角川ホラー文庫)。大学生の遼一は、ほのかな思いを寄せる先輩の杏子が過去のトラウマから夜道恐怖症になっていることを知り、克服を手伝おうとする。だがなかなか乗り越えられない杏子は、記憶を消してくれるという都市伝説の怪人〈記憶屋〉を探し始めた。数日後、本当にトラウマをすっかり忘れて夜道が歩けるようになった杏子に驚く遼一。だが杏子は同時に遼一のことも忘れてしまっていた。そして遼一は、幼馴染の真希も同様に、特定の記憶だけを失った経験があることを思い出す。
その翌年。遼一は講演を一度聴講しただけの弁護士・高原から電話をもらって愕然とする。どうやら自分は高原と一緒に〈記憶屋〉について情報交換をしていたらしいのだが、その記憶がまったくないのだ。杏子、真希に続いて自分までも……? 〈記憶屋〉は本当に存在するのか。遼一はネットで知り合った仲間と〈記憶屋〉を調べ始める。一方、高原もある目的のために〈記憶屋〉を探していた……というのが原作の設定。
一方、映画では、すでに遼一と杏子は恋人同士で、プロポーズを受け入れてくれたという段階だ。それなのにプロポーズの翌日から杏子と連絡がとれなくなる。偶然駅で杏子を見かけ、慌てて声をかけた遼一だったが、杏子は遼一のことをまったく憶えておらず変質者扱いされるはめに。そういえば幼馴染の真希も、以前、ある事件に巻き込まれた記憶をすっかりなくしたことがあったと遼一は思い出す。
記憶を消す〈記憶屋〉という都市伝説の存在を知った遼一は、なぜか興味を示してきた弁護士の高原とともに調べ始める。同時に、一緒に撮った写真を杏子のバイト先に持ち込むなどして、なんとか彼女に思い出してもらおうと努めるがうまくいかない。いったいなぜ杏子は突然遼一を忘れたのか。彼女の記憶を必ず取り戻すと決意する遼一だったが……というのが映画のあらすじだ。
イラスト・タテノカズヒロ
■映画と原作、ここが違う
こうして並べてみると、物語の展開が原作と映画でかなり違うのがわかるだろう。他の大きな違いとしては、原作では未婚の高原弁護士に、映画では離婚した妻と娘がいるという設定になっている。え、原作では娘はいないの? じゃあなぜ高原は〈記憶屋〉を探してるの? と映画を見た人は思っただろうが、そこはちゃんと似て非なる動機が用意されている。
他に、原作では第2部の語り手という重要な役である高原の家政夫・外村が、映画には登場しない(杏子のバイト先の店長が外村という名前になっている)という違いもある。この外村の家政夫っぷりが見事。彼の作るデザートや家事を切り盛りする様子の描写は、謎に満ちた物語の中でほっと一息つける、コージーで生活感に満ちた場面になっている。何より外村はこの物語において「忘れない人」の象徴なのだ。ここはぜひ原作でご確認を。
さらに原作では高校生だった七海が映画では高原のバリキャリ秘書になっているとか、原作ではネット上でしか登場しなかった人物の実体が映画には出てくるとか(あのアカウント名をこういう形で実体化したか、とちょっと感心した)、原作では既に亡くなっている真希の祖父が映画では存命だとか、映画では遼一と真希が広島出身という設定で、真希はカープ女子だとか。なぜ広島なのかはわからないが、涼ちゃんの広島弁は萌えポイント高いのでオールOKだ。
というように違いは多々あるのだが、特に注目してほしい違いがふたつある。ひとつは作品に登場するさまざまな人の、それぞれの「記憶を消したい理由」だ。映画では高原弁護士の一件以外は、ほぼ同種の動機になっていた。だが原作では、ひとりひとり異なる。「そりゃ消したいよね」と納得できるものから「それ消しちゃダメなのでは」と思うもの、「それを消すのか……そうするしかなかったのかな」と考えてしまうもの、などなど。その差が、何が辛いかは人によって違うという当たり前のことをあらためて思い出させ、同時に、記憶を消すとはどういうことかというテーマを浮かび上がらせるのである。
■解かれるべき「謎」の違いが物語を変える
もうひとつの注目点は、原作と映画で解かれるべき謎が違う、ということだ。原作では「記憶屋は実在するのか」「実在するとしたら誰なのか」という、〈記憶屋〉探しがメインの謎になる。翻って映画では、「杏子はなぜ遼一のことを忘れたのか」がメインだ。結果、原作はサスペンス色が、映画は恋愛色が前面に出た。映画では〈記憶屋〉の正体が予想外に早く明かされて驚いたよ。てか、パンフレットのインタビューに思いっきり書いてあったよ! これ先に読んじゃダメなやつ!
原作では杏子のトラウマが物語の序盤で明かされるので、記憶を消した理由は謎にはなり得ない。だが映画はむしろそこを隠して(原作の夜道恐怖症とは違いますよ)、さらに「なぜ遼一を忘れたか」に原作とは違う別解を用意した。いやあ、そうきたか。しかもそれが明かされる場面の、〈記憶屋〉を演じた役者さん(ネタバレにつき名を秘す。たとえパンフレットに書かれてようが、ここでは秘す)の芝居が実に良くて!
だが原作と違うと言いつつ、あのクライマックスの場面、〈記憶屋〉のセリフは実は原作にけっこう忠実なのである。だから原作を読んだときも、もしかしたら〈記憶屋〉の真の動機は……となんとなく想像した。それを映画でははっきり言葉にした、と言っていい。言葉にしたことで、〈記憶屋〉の行為は是か非かを観た人に突きつけた。
さらにその後の、映画のエンディングは原作から大きく改変されている。この改変は「記憶を消すとはどういうことか」という原作の問いかけに対する、ひとつの答かもしれない。そして映画とは異なるエンディングを迎える原作を読んで、どちらの結末が望ましいか、ふたつの視点から考えてみてほしいのだ。一度は遼一の立場で、そしてもう一度は〈記憶屋〉の身になって。あなたが〈記憶屋〉なら、映画と原作、どちらの方法をとるだろうか?
原作『記憶屋』には『記憶屋II』『記憶屋III』(角川ホラー文庫)という続編がある。『記憶屋』から数年後の物語で、第1作と共通する登場人物は〈記憶屋〉だけだ。ここで映画を観た人と涼ちゃんファンに薦めたいのは、『記憶屋』の前日譚となる『記憶屋0』(同)の方。遼一と真希の、少し前のエピソードが綴られている。これがまた甘酸っぱさと切なさのハイブリッド小説なので、ぜひ涼ちゃんでジャニ読みしてほしい。ただしあくまでも『記憶屋』を先に読んでね。
ああっ、原作との比較点が多すぎて涼ちゃんに触れるスペースがない! ひとつだけ言わせてもらうなら、雨の中、涼ちゃんが雑踏でうずくまって号泣する場面。周囲の人々はガン無視で歩き続けたが、よく涼ちゃんを無視できたな! むしろ駆け寄るだろう涼ちゃんだぞあれは駆け寄るだろう……てなことが気になったとさ。
大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。
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