岡田将生・羽村仁成主演「ゴールド・ボーイ」中国から沖縄に舞台を変えた映画版 衝撃のサプライズをぜひ原作で!
推しが演じるあの役は、原作ではどんなふうに描かれてる? ドラマや映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回は中国のノワール小説を日本を舞台に翻案した、この映画だ!
■岡田将生、羽村仁成・主演!「ゴールド・ボーイ」(東京テアトル、チームジョイ・2024)
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- 悪童たち 上
- 価格:990円(税込)
原作は紫金陳(ズー・ジンチェン)の『悪童たち』(ハヤカワ・ミステリ文庫)。原作が中国で刊行されたのは2014年で、2020年には「バッド・キッズ 隠秘之罪」というタイトルでドラマ化され、社会現象を巻き起こした。ドラマはWOWOWでも配信されたので観た人もいるかも(ただし原作とはかなり違っている)。邦訳が出たのは2021年。まずは原作のあらすじから紹介しよう。
妻の実家の財産を狙う張東昇(ジャン・ドンジョン)は、義父母を登山に連れ出して殺害。事故に見せかけることで警察もごまかし、完全犯罪を達成した──と思っていた。しかしその様子が、朱朝陽(ジュー・チャオヤン)ら3人の子どもたちが撮影した動画に偶然写り込んでいたのだ。子どもたちは張東昇を脅迫して大金をせしめようとするが──。
大人の殺人者を脅迫する3人の少年少女のドラマが読みどころだ。中学2年生の朱朝陽は学年1位の優等生だが、それを妬む同級生から嫌がらせを受けていることと背が伸びないことが悩みの種。両親が離婚して母と二人暮らしをしており、父は別の家庭を持っていて朝陽に冷たいのも不満だ。そんな朝陽のもとを、小学校時代の友人・丁浩(ディンハオ)とその妹分の普普(プープー)が訪ねてくる。ともに犯罪者として処刑された親を持ち、孤児院に入れられていたが、そこでの虐待に耐えかねて逃げ出してきたのだ。
たまたま手に入れた殺人の証拠を金に替えようと言い出したのは普普。目的は逃亡のための生活費だ。丁浩も賛成するがお調子者で脇が甘いのが難点。朝陽はふたりを止めようとするが、ある出来事を機に、この計画から抜け出せなくなってしまう。
と、導入部を書いてはみたものの……いやあ、難しい! 悪ガキ3人が殺人犯を脅すが事態は思わぬ方向に展開する話、とまとめてしまえば簡単なのだが、序盤からけっこう展開が怒濤でどこまで明かすかも迷うし、意外なところに伏線や騙しが入っているので、ヘタなことが書けないんだよー。ただひとつ言えるのは、めちゃくちゃ面白い、ということ。特にこの朝陽少年がいい! 中学生なのに高校の数学の問題が解けるほどの優等生で、大人との駆け引きにもその賢さを遺憾無く発揮する。でもちゃんと子どもの部分もあって。うー、これ以上は言えない。言いたいけど言えない。
イラスト・タテノカズヒロ
■中国ノワールを日本に翻案! 小説と映画、ここが違う
この映画の最大の特徴は、中国の小説をそのまま日本に置き換えた、という点にある。犯罪者を目撃していた少年たちが脅迫するという骨子自体は国を選ばないが、社会システムや文化の違いは当然あるので、そこをどう日本に合わせてくるのかなというのが映画を見る前の大きな興味だった。
で、舞台を沖縄にしたというところで、なるほどと思ったね。最初の犯罪のロケーションもそうだし、たとえば原作と映画の両方に出てくるお墓参りの場面。中国のお墓参りの風習は日本とは異なるけれど、沖縄には似たような風習があるのだという。また墓地の環境も、なるほど沖縄ならこれができると深く頷いてしまった。
他の様々な要素も適宜日本風に変えた上で、それでもまったく違和感なく日本の物語として成立していたのだが、ひとつだけ、原作を読んでいてこれは日本ではやらないだろうなと思っていた場面があった。原作ではいい大人が他者に対する嫌がらせとして糞尿を浴びせるのだ。他にも何箇所か、攻撃に糞尿を使う場面があったり脅しの言葉として使ったりする場面があって、「真っ先に思いつく攻撃がそれなの?」となんだか面白くなってしまった。そもそもどうやって用意するんだ。水洗トイレや下水が普及してたら大量に(!)集めることからして無理だよね? はい、映画には出てきませんでした。出てきても困るけど。名前とか社会システムとかより、こういった身近(?)な違いの方が翻訳モノは面白かったりするのよ。
ではストーリーの改変はどうだったか。いや、けっこう大きな違いがあったのよ。ひとつは朱朝陽と丁浩・普普が会ってから起きる最初の事件が、映画では再会前に既に決着済みだったこと。原作既読組はまずこの時点で「あれ?」と思うよね。ということは──そういうことだ。映画だけ見て原作未読の人は、ぜひ原作を読んでほしい。時系列が変わっただけなのだが、これはけっこう大きな意味がある。
最も大きな違いはラストだ。結末が違う! 事件の真相自体は原作と同じなのだが、映画には原作に存在しない「続き」があると思ってくれればいい。これね、かなり大きな違いで、原作は「これからどんな未来が待っているかはわからない」というオープンエンディング的な終わり方をするんだけど、映画ではそこにひとつの明確な結末を用意したわけだ。
■読者を考えさせる原作、観客に答えを示した映画
この原作にはない結末を用意したことで何が変わったか。物語の社会派な面が一気に強調されたのだ。情状酌量の余地のない、まったくの身勝手な自分本位の殺人が何を引き起こすか、それをどう見るか、どう考えるか。映画は落ち着くところに落ち着いたと言えるが、原作ではそれが読者に委ねられる分、いつまでも尾を引く。誰かと語り合いたくなる。どちらがいいかはお好み次第だ。
原作にもそういう社会派な面ももちろんあるが、何よりめちゃくちゃエキサイティングなエンタメであることが第一だ。「嘘でしょ、どうなるのどうするの」「ええっ、そういうことだったの!?」と驚くような展開が畳み書けるように用意されているし、子どもvs大人の腹の探り合いと、子どもとは思えない朱朝陽の深謀遠慮にワクワクする。殺人犯と子どもたちとの会話はかなりカットされていたが、原作ではその駆け引きの様子が丁々発止の会話劇で何度も登場し、そのたびに彼の頭脳に舌を巻くことになる。本書は中国ノワールにカテゴライズされているが、少年たちのくだりはむしろピカレスク(悪漢小説)と言った方がいいかも。
何より、原作最大の衝撃は下巻の終盤、21章だ。この章を読んだ時、この物語の企みが明らかになって「はあああっ!?」と声が出た。すべてがひっくり返るこのサプライズは、ノワールというよりミステリの手法だ。もともと著者は「中国の東野圭吾」と呼ばれているくらいトリッキーな作風の作家なのである。このサプライズが映画では(映像的に難しいので仕方ないとはいえ)かなり薄められてたんだよなー。ここはぜひ原作で、その衝撃を味わってほしい。もうね、序盤からいかに緻密に伏線が張られていたかわかってびっくりするよ。
原作の張東昇に相当するのが岡田将生さん演じる東昇。朱朝陽少年が安室朝陽と名を変え、羽村仁成さんが演じた。このふたりがどっちもイメージぴったり! 岡田さんの美しい顔に狂気がよぎる芝居なんてタマランぞ。そして羽村くん! 「リボルバー・リリー」にも出演していたが、まだあれからちょっとしか経ってないのに大きくなっててびっくり。そして「うわっ、この子賢そう!」というオーラが全身から漂っている。朝陽だ……これは間違いなく朝陽だわ。
このふたりによる子どもvs大人の戦いが映画の大きな見どころではあるんだけど、原作ではその場面はもっと多いしもっと長いしもっと多岐にわたっているので、ぜひこのふたりで脳内再生しながら原作をお読みいただきたい。なお、江口洋介さん演じた刑事の東厳は原作では厳良という名前で元警察官の数学教授という設定。本書を含む「推理之王」3部作で探偵役を務めている。本書が3部作の第2作、今年1月に出た『検察官の遺言』(ハヤカワ・ミステリ文庫)が最終作なので、ぜひ手にとってみていただきたい。ていうか第1作も早く邦訳して!
大矢博子
書評家。著書に『クリスティを読む! ミステリの女王の名作入門講座』(東京創元社)、『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』(文春文庫)、『読み出したらとまらない! 女子ミステリーマストリード100』(日経文芸文庫)など。名古屋を拠点にラジオでのブックナビゲーターや読書会主催などの活動もしている。
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大矢博子
- 書評家。著書に『クリスティを読む! ミステリの女王の名作入門講座』(東京創元社)、『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』(文春文庫)、『読み出したらとまらない! 女子ミステリーマストリード100』(日経文芸文庫)など。名古屋を拠点にラジオでのブックナビゲーターや読書会主催などの活動もしている。