大矢博子の推し活読書クラブ
2024/01/10

「光る君へ」あのシーンに萌え死んだ! 史実と虚構の重ね合わせにワクワク ドラマをより楽しむために読むべき本とは?

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 推しが演じるあの役は、原作ではどんなふうに描かれてる? ドラマや映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回は今年の大河ドラマ「光る君へ」をより楽しむための、紫式部&平安宮中の小説を紹介するよ!

■吉高由里子・主演!「光る君へ」(NHK・2024)

 と書いたものの、初回に吉高さんは登場せず。メインキャストである藤原道長ともども子役での登場となった。が。いやもう最近のNHK、大河も朝ドラも「よくこんな大人役に似た子役を見つけてくるもんだな」と感心するんだけど、今回は特に、藤原道長の子ども時代である三郎を演じた木村皐誠さんですよ。この子絶対将来柄本佑さんになるわと確信したね。そして小生意気な諸貞親王を演じた伊藤駿太さん! 背後に本郷奏多さんが透けて見えたぞ。

 さて内容。実は今回、近年の大河の中でも気楽に第1回を迎えたわけよ。だって平安宮中大河なら政治の駆け引きが中心で、戦国や幕末と違って人を殺したり殺されたりがないから気楽に見られるじゃん? ……はい、そんな私を背後からぶん殴ってくる事件が初回から起きましたね。まひろ(このドラマでの紫式部の幼名)の母親が三郎の次兄・道兼に惨殺されるという……しかも「むしゃくしゃしてやった。反省はしていない」みたいな殺し方……。

 まひろの父は三郎や道兼の父である藤原兼家の引きで仕事が貰えたため、泣き寝入りを決める。その一方、まひろは初恋と言ってもいいレベルで三郎と親しくなっており、もうさ、このあとに待ち構える「愛した人の兄が母の仇!」という、昭和の大映ドラマのような、松村雄基と伊藤かずえが絶対出てくるような(わかる人だけわかってください)どろっどろの将来が浮かぶってもんじゃありませんか。まひろ、源氏物語なんか書いてる場合じゃないぞ。あとどうでもいいけど、まひろの弟を演じるのが高杉真宙(まひろ)さんってややこしくないか。

 源氏物語なんか書いてる場合じゃないと言ったが、実は初回には源氏物語オマージュがしっかり入っていた。まひろが三郎と出会うきっかけになったのが、飼っていた小鳥が逃げたこと。源氏物語最大のヒロインである紫の上は、まだ幼い頃、逃げた雀の子を追いかけていたときに光源氏と出会うのである(第5帖「若紫」)。偶然出会った三郎に「いかがした」と問われたまひろが「小鳥が逃げてしまったの。大切に飼っていた小鳥が」と答えた場面、「雀の子を犬君が逃がしつる、伏籠のうちに籠めたりつるものを」を思い出して萌え死んだ源氏物語好きはきっと多かったはずだ。

 ということはですよ、この後成長したまひろが源氏物語の「若紫」のくだりを書くときには、意識的にか無意識にかはわからないが、自分の体験を反映させたということになる。イコール、光源氏を道長に、自分を紫の上に仮託したことになる──のかな? リアルと虚構をこんなふうに重ねていくのかとワクワクしてきたぞ!


イラスト・タテノカズヒロ

■まずは基本の紫式部を知るために

「小鳥を逃がしてしまったの」のくだりで、ひょえええ若紫じゃん!と萌え死ぬためには源氏物語を知っていなければならない。だが逆にそれを知らなくても、このあと源氏物語を読めば「若紫」で、「ひょえええ三郎と出会った場面じゃん!」と萌え死ぬことができる。歴史ドラマってのは、こういうことができるから面白い。

 ということでこれを読んでおけば、今後ますます「光る君へ」がよくわかり、より楽しくなるぞという小説をいくつか紹介しておこう。まあ、何はさておき『源氏物語』だよね。与謝野晶子、谷崎潤一郎、円地文子、瀬戸内寂聴から近年では大塚ひかり、角田光代にいたるまで様々な現代語訳が出ているので、文体が好みのものを選べばいいかと。ぶっちゃけ大和和紀の伝説的コミック『あさきゆめみし』がいちばん読まれているような気もするが。

 続いて紫式部その人を書いたものを。まずは本人が書いたその名もずばり『紫式部日記』がある。ドラマ初回にまひろが父の読む漢籍を覚えてしまうくだりがあったが、これは『紫式部日記』に登場するエピソードだ。現代語訳は各社から出ているが、面白いのは古川日出男『紫式部本人による現代語訳「紫式部日記」』(新潮社)。紫式部を現代に招致して自身に現代語訳させるという驚きの手法である。普通の(?)現代語訳と読み比べてみると楽しいぞ。

 紫式部を主人公にした小説からは夏山かほる『新・紫式部日記』(PHP文芸文庫)を。源氏物語の評判を聞いた藤原道長は、小姫(作中での紫式部の幼名)に藤式部の名を与え、一条天皇の中宮になった娘・彰子の側に就ける。源氏物語の力を政争に利用する道長はあらすじにも口を出すようになるが、それに抗う式部が読みどころ。

 もうひとつ、紫式部を主人公にした小説の刊行が始まった。帚木蓬生『香子(一)紫式部物語』(PHP研究所)だ。著者は医療小説・ミステリ・歴史小説などの大御所だが、ペンネームは源氏物語由来とのこと。香子(作中での紫式部の幼名)が源氏物語を書き始めたきっかけは姉の遺言だったとする展開だ。父の任官で紙の産地である越前で暮らしたことも彼女の執筆意欲に拍車をかけた。当時の文化なども丁寧に描かれているので、ビギナーにもオススメだ。全5巻(4000枚というから源氏物語より長い)が予定されており、一巻は「若紫」の執筆で終わっている。

■周辺人物を知るとドラマがもっと面白くなる

 続いて周辺人物に目を向けてみよう。藤原道長を知るなら、永井路子『この世をば』(朝日文庫)がいい。彼の有名な歌「この世をば我が世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思へば」は栄華を極めた道長が「完全にオレの時代キタ!」とチョーシこいて詠んだと思われがちだが、本当にそうなのか? 永井路子は父や兄たちに頭の上がらない、おっとりした平凡な末っ子として道長を描いた。ふたりの兄のキャラも含め、ドラマのイメージに近いかもしれない。道長の正室である源倫子の視点で語られる本書は彼を取り巻く女性たちに多く筆が割かれており、紫式部ももちろん登場する。1984年刊行の小説だが、史実解釈がまったく古くないことにも驚かされる。
 
 ドラマにはまだ出てきていないが、紫式部とほぼセットで扱われるのが清少納言だ。ドラマではファーストサマーウイカが演じる。「僧侶がイケメンだと説法も頭に入ってくるけど、そうじゃないと聞く気しないよねー」なんてことを書いていた平安の辛口ブロガーというイメージが強いが、冲方丁『はなとゆめ』(角川文庫)で描かれる清少納言は決して生意気な才女ではなく、時代の波に翻弄されたひとりの女性だ。さてドラマではどっちかな? そして式部と少納言がバチバチのライバルとして描かれるのか、それとも共闘していくのかも楽しみ。

 なお、冲方丁にはもうひとつ、この時代が舞台の『月と日の后』(PHP文芸文庫)がある。こちらは藤原道長の娘で、紫式部の上司でもある中宮・彰子の物語。最初は気の合わなかった彰子と式部が次第に結びつきを強める展開が胸熱だ。

 今回の大河ドラマで最初に登場したのはユースケ・サンタマリア演じる安倍晴明だった。いやこれが! これまで安倍晴明を演じてきたのは稲垣吾郎や野村萬斎、市川染五郎(現10代目松本幸四郎)といったノーブルな面々。フィギュアスケートで羽生結弦が晴明をモチーフにした演技をしたのも有名だ。そこにユースケ・サンタマリアですよいやこれどうなるの!? すっごくカジュアルに呪っちゃいそうじゃない?

 安倍晴明を知るなら夢枕獏「陰陽師」シリーズ(文春文庫)をおいて他にない。このあたりは山崎賢人さんが安倍晴明を演じる映画「陰陽師0」が公開されたらあらためて紹介するのでお楽しみに。

 それはそうと、オープニング・クレジットの「安倍晴明 ユースケ・サンタマリア」という字面がすごかったなあ。ここにそのうち「清少納言 ファーストサマーウイカ」が加わるのが今から楽しみで仕方ない。どうせなら同一画面で並ぶと字面の破壊力抜群だと思うのだが、さすがに単独クレジットだよね。

大矢博子
書評家。著書に『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』(文春文庫)、『読み出したらとまらない! 女子ミステリーマストリード100』(日経文芸文庫)など。名古屋を拠点にラジオでのブックナビゲーターや読書会主催などの活動もしている。

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