大矢博子の推し活読書クラブ
2022/07/06

薮宏太出演「眼の壁」映像化するだけでネタバレしてしまう人物を薮くんはどう演じる?

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 勇気を繋ぎ合わせて夢へと向かう皆さんこんにちは。ジャニーズ出演ドラマ/映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回は昭和社会派ミステリの巨匠の作品に薮くんが挑戦した、このドラマだ!

■薮宏太(Hey! Say! JUMP)・出演!「眼の壁」(2022年、WOWOW)

 原作は松本清張の初期作品『眼の壁』(新潮文庫)。1957年に雑誌連載された──つまり今から65年前の作品だ。資金繰りに奔走していた電機メーカーの会計課長が手形詐欺に遭い、会社に大きな損害を与えてしまう。事件が公になっては会社の信頼を損ねるということで警察には届けないことになったが、課長は責任を感じて自殺。彼に目をかけられていた社員の萩崎は、新聞記者の友人の助けを借りて詐欺をしかけた堀口という男を探し始める──。

 昭和30年代の小説はこのコラムでもこれまで山崎豊子『白い巨塔』、本書と同じ松本清張『砂の器』など何作か扱ってきた。その都度思うことだけど、いやもうほぼ時代小説だよね! まだ新幹線も開通してないし、電話のない家も多いし、テレビも出てこない。今ではあまり耳にしなくなった単語も随所に出てくる。「東京駅の一二等待合室」とか「陣笠代議士」とか「ゴーストップ」とかってわかる?

 何より違うのは物価だ。詐欺にあった金額は3千万円、仲介をした詐欺犯の取り分は20万円。他に「10万円の為替を現金化したい」と言われた郵便局員が、そんな大金はすぐには用意できないので明日まで待ってほしいと答える場面もある。それもそのはず、1957年は大卒の公務員の初任給が9200円、喫茶店のコーヒーは40円、映画は140円という時代なのだ。今の10~20分の1と考えればいい。

 本当の時代小説なら現代の読者にわかりやすいような説明が入るものだけれど、リアルタイムで書かれた小説なのでもちろんそんな未来への忖度はない。だからこそ「こんな時代だったのか!」という驚きや懐かしさが細部に至るまで満ち満ちていて、読んでいてとても興味深い。同時に、今では法律が変わって原作通りの展開は難しかったり、当時の世相がそうだったとしても道義的にこの背景は今はちょっとなあ……という部分もあったり。そこをドラマではどうするんだろうと思っていたのだが、なるほど、時代を変えてきたか!

 ドラマの舞台は1990年というバブル崩壊直後。被害額は2億円、詐欺犯の取り分は500万円と、なんとなく納得できる金額になっている。それでも今から32年前。携帯電話ではなく公衆電話で連絡をとったり職場でガンガン喫煙したりテレビがブラウン管だったりなど、これもまた時代の描写が味わえる……と思っていたら! 変えてたのは時代設定だけじゃなかった。第2話から物語の展開自体も原作を大きく変えてきたのだ。


イラスト・タテノカズヒロ

■薮くんの登場シーンが原作のネタバレに?

 原作では早々に自殺してしまう課長(ドラマでは部長)は何者かに拉致されるし、原作では直接接点を持たない女性に萩崎が直撃しちゃうし、会社に怪文書が届くという原作にはないエピソードが入ってくるし。また、原作の黒幕的人物も出てこない。原作では名古屋や伊勢、岐阜県の瑞浪なども舞台になるがそれも登場しない。原作で起きる殺人が一件、ドラマでは起きない。そして何より、萩崎が殺人事件の容疑者として追われるという展開は、原作にはない。

 ということは原作に描かれた犯罪の仕組みよりも、ドラマはけっこうシンプルにしているんじゃないかなという気がする。登場人物も減らしてるし。確かに原作の人物相関図はかなり複雑で(その複雑さも時代背景に起因している)、これを全5回のドラマでやると煩雑になるだけなので、焦点を絞って再構成したのはいい手だと思う。いや、まだ途中だからわからないけど。

 ただ、そういった構成上の変更よりも「ここどうするんだろう」と思ってた箇所があるのよ。それも薮くんがらみで!

 手形詐欺を働いて姿を消した謎の男・堀口。これを演じるのが薮くんだ。原作の堀口はとにかく人の印象に残らない顔をしている、というのが特徴。彼に会った人は、モンタージュを作るにもその顔をはっきり覚えていない。それが物語を面白くしている。

 そしてその特徴のない顔を利用して、名前と職業を変えて別の場所に登場する。読者には(萩崎にも)それが堀口だとはわからないわけで、あとになって「あの人物が堀口だったのか!」と驚くという展開になっている。でも! でも! 映像なら一発でわかるじゃん!

 で、実際にわかったのだ。堀口、こんなとこにいるじゃん、と。萩崎は堀口の顔を知らないので気づかないが、視聴者はすぐに気づく。ドラマではそこを隠すつもりはハナからないらしく、ここにいますよ怪しいですよと言わんばかりに彼をカメラで追うのだ。なるほど、原作のサプライズをひとつ犠牲にする代わりに、視聴者を惹きつける怪しさを増やしたというわけか。

 ドラマを見たあとで原作を読むと、ある人物が出てきた時点で「あ、こいつ堀口だ」とすぐにわかってしまうが、それはそれで「この場面の堀口は萩崎を前に何を考えてたんだろう」と裏側を想像しながら読めて面白い。しかも顔が薮くんなんだから、読み方は何倍にも膨らむぞ。

■ドラマには登場しない「堀口」の七変化を追え!

 堀口という人物が物語のキーパーソンであることは間違いないが、原作のエピソードがかなりカットされているため、本来なら楽しめたはずの堀口のあれこれがドラマには出てこないのが残念。なので原作でぜひ、堀口のドラマに登場しないあんな格好やこんなファッションを味わっていただきたい。いや、これから出てくるかもしれないけど。

 たとえば原作の堀口(その場面では別の名前を名乗っている)は、競馬が好きで競馬場で馬やレース結果について熱く語る場面がある。話し相手がレースの馬番を言うだけで、その馬はああでこうで、あのレースはああでこうでと、語りたいオタク成分が炸裂するのだ。かといって競馬に強いだけでなく、大きく賭けて大きく負ける。小説の中ではけっこう荒んだ人物みたいな描かれ方をしているけど、薮くんだと思うと可愛くない?

 また別の場面では、堀口はある殺人事件(これはドラマには出てこない)の偽装工作として、登山ファッションで山に入っていく。競馬オタクの姿は何処へやら、物静かでまったく目立たない存在に徹している。いや、この場面はもしかしたらこれから放送されるかもしれない。改変されたストーリーでも使えそうだし。

 そうそう、いかがわしいお店で、「30分だけ2階に行ってくる」という、ちょ、薮くん(薮くんじゃないけど)何してんの、という場面もあったりするぞ。また、ドラマではぼかされた堀口の犯罪シーンが小説でははっきり描かれる。真正面からの犯罪者役ってのは薮くんにとって確か初めてだと思うので、どうせならこのシーンを映像で見たかったなあという気持ちも。

 そういった場面が数々カットされた一方で、ドラマだけの薮くんの見せ場もある。拉致された部長との絡みとか、バーでの謎の女性との会話の場面とか。工事現場の作業員コスプレもドラマだけ。原作では堀口は黒幕に利用された鉄砲玉的役割だったが、登場人物が削られていることもあり、ドラマではもっと犯罪の中枢に深くかかわっていそうなので、ここからの展開も要注目だ。

 原作通りなら、このあと堀口はまたとんでもない「変身」を遂げることになるんだけど、これは現代のドラマだとちょっとやりにくい展開なんだよなあ……もしかしたら原作とは大きく異なる結末になる可能性もある。堀口の過去も原作とは変わっていそうなので、ぜひドラマを最後まで見て、原作と比べていただきたい。

大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。

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