大矢博子の推し活読書クラブ
2023/09/27

橋本環奈・重岡大毅主演「禁じられた遊び」悪霊にサイコメトリ、ゾンビまで! あらゆるホラー要素がてんこもり でも原作でいちばん怖いのは夫のダメっぷり?

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 前回の「リボルバー・リリー」でこのコラムも連載150回の節目を迎え、さらに多くの方に「ドラマや映画の原作小説を読む愉しみ」を知っていただくべく今回からリニューアルしてお届けします。とはいっても内容にさほどの変化はないと思いますが(ないんかい)、あなたの推しが出ているドラマ・映画、ぜひ原作にも手を伸ばしてみてください。

■橋本環奈・重岡大毅(ジャニーズWEST)主演!「禁じられた遊び」(東映・2023)

 原作は清水カルマの同名小説『禁じられた遊び』(ディスカヴァー文庫)。2018年に本のサナギ賞大賞を受賞した著者のデビュー作だ。
 
 幼い息子の春翔(正垣湊都)がトカゲの尻尾を拾ってきた。伊原直人(重岡大毅)が、トカゲの尻尾はまた生えてくると教えたところ、「じゃあ、この尻尾からもトカゲさんが生えてくるの?」という意外な反応。いたずら心を起こした直人は、土に埋めて水をあげて「エロイムエッサイム」と呪文を唱えればトカゲが生えてくるよと冗談を言った。

 数日後、突然の出来事が直人を襲う。妻の美雪(ファーストサマーウイカ)と春翔が交通事故に遭い、春翔は助かったものの美雪は亡くなってしまったのだ。打ちひしがれる直人だったが、春翔の様子がおかしい。なんと春翔は事故で原型をとどめぬ姿となった母親の指をこっそり持ち出し、庭に埋めて直人に習った呪文を懸命に唱えているではないか。そして不思議なことに指を埋めた場所の土がだんだん盛り上がってきて……。

 この物語にはもうひとり主人公がいる。かつては直人の同僚で、今はビデオカメラマンとして活躍する倉沢比呂子(橋本環奈)だ。彼女は直人の同僚だった時代、妻子がいると承知で直人に惹かれていた。直人もまた、比呂子を憎からず思っていたが、実際に何かあったわけではない。けれどその当時、比呂子の周囲で怪現象が頻発した。さまざまな状況から美雪の呪いとしか考えられず、比呂子は会社を辞めて転職したのだ。

 それ以降落ち着いていたはずの怪現象が、美雪の死とともに再び比呂子の周囲で起こり始める。そしてついには死者まで……。死んだのに、それでも直人に近づいてほしくないのか。身の危険を感じるとともに直人を案じた比呂子は、直人の家に向かった──。

 というのが原作・映画両方に共通する導入部である。原作では伊原家は犬を飼っているとか、原作の春翔は事故に遭っても奇跡的に無傷だったが映画では死亡宣告の後に蘇ったとか、映画に出てくる美雪の葬式の場面は原作にはないとか、原作にあったテレビ収録中の事件は映画ではカットされているとかの細かい違いはあるものの、概ね原作に忠実な映像化だった。


イラスト・タテノカズヒロ

■あらゆるホラーの要素てんこもり!

 ホラーにもいろいろあるが、原作・映画ともに、前半と後半でホラーのジャンルが変わるのが特徴のひとつ。直人に惹かれている比呂子の周囲で起きる怪現象は、急にグラスが割れたり、電化製品が勝手に動作を始めたり、PCのモニターから虫が出てきたり(ぞわわっ)、あるいは美雪の思念が人に乗り移ったりなど、まさに「祟り」「怨霊の仕業」という類のものだった。映画では「源氏物語」の六条御息所の例が引かれ、確かに六条御息所だわと膝を打ったものだ。あ、六条御息所というのは光源氏の恋の相手のひとりで、正妻に嫉妬して生き霊になって呪い殺しちゃう人です。

 怨霊の祟りだから、霊能者が護摩を焚いたり真言を唱えたり結界を張ったりする。この霊能者がサイコメトリー(物体に残る人の思念を読み取る)ができるという設定で、怨霊にサイコメトリーかあ、ちょっとジャンルがクロスオーバーしてるかな?と思ったのだが、そんなもんじゃなかった。後半、美雪が庭から生えてきて以降は、ゾンビものというか、モンスターパニックものへ変わるのである。

 展開や真相についてはここには書けないが、後半はもうほぼ肉弾戦である。源氏物語からリビングデッドへシームレスに移行していくって、ちょっと他に例がないかも。何より、指から体が生えるという基本設定でここまで多様なホラー要素を盛り込めるってすごいな。

 原作は文章表現で怖がらせる類のものではなく、情景を詳しく描写することで読者に映像を想起させるタイプの作品なので、映像のほうが「映える」のは間違いない。一歩まちがうと死後の美雪はけっこうシュールな見た目になりそうなんだけど──だってさ、庭からゾンビが生えるんだよ? 究極の有機栽培。オーガニックゾンビ。春翔くんの顔写真印刷して「私が作りました」ってラベル貼りたい──でもそこは実に上手く処理していた印象。いやあ、ちゃんと怖かったわ。

 っていうか美雪役のファーストサマーウイカに釘付けですよもう。相次ぐ特殊メイク! これはもうファーストサマーウイカ七変化を楽しむ映画ではなかろうか。ただいちばん驚いたのは、序盤に清楚な奥さんとして登場した「ナチュラルメイクのウイカ」だったけども。

 とまあ、いろんなジャンルのホラーが混じり合って見どころいっぱいの映画だったのだが、原作にはもうひとつ別のジャンルのホラー要素がある(と私は思っている)。サイコホラーだ。もしかしたらこれが原作と映画のいちばんの違いかもしれない。

■ぜんぶ直人のせい!

 重岡大毅演じる伊原直人は、危険が迫ったときには比呂子を庇ったり、比呂子の手を引いて逃げたりと、頼れる部分がところどころあった。が。原作の直人は実にダメダメなのだ。本当にダメなのだ。

 そもそも直人がふざけて息子に趣味の悪い嘘をついたところからすべてが始まっているのである。何度もその嘘を訂正する機会はあったのにそれをせず、美雪の指を庭に埋めるという春翔を止めもしない。のみならず、後半のバトル場面やゾンビからの逃走場面では、ぼーっと突っ立って比呂子が引きずって逃げる始末。さらには疲れてしまって途中で座り込んだりして、いやいや、被害者ぶってるけどそもそもあなたが根源ですからね? 巻き込まれた比呂子こそとばっちりですからね?

 比呂子が自分に好意を持っているとわかってからは、実は美雪とうまくいってないなんて浮気男の定番みたいなセリフを吐くし、癇癪起こして犬を蹴るし(ダメ、絶対!)。どうしてこんな男に美雪は執着するのか。比呂子もこんな男のどこがいいのか。直人のいいところって、セクハラ上司を嗜めた一場面だけだぞ?

 自分が原因で、事態がどんどん悪くなっているのに何もせず、無関係なのに巻き込まれた女性に庇われ、それでも何の行動も起こさず、挙げ句の果てに急にキレる──原作を読んでて、この直人がいちばん怖かった。完全に何かが欠落している。能動的に動く、ということがほぼないのだ。だからこそラストシーン(ラストは映画より原作の方が不気味なのでぜひ比べてみてほしい)の気味の悪さが際立ったのだ。

 だが重岡大毅が演じたことで直人のダメさ加減がかなり薄まった。どんなにダメ男でもしげちゃんだと「いい人」に見えてしまう不思議。重岡大毅は七難隠す、という諺を作りたい。ぜひ原作の直人をしげちゃんで脳内再生しつつ読んでほしい。しげちゃんだと思えば許せる……かな? いや無理かな……。なお、手が出てくる場面(具体的には言えない)で、掴みたくて掴めなくてまた手を伸ばし、と「星の雨」が脳内をよぎったのは私だけじゃないはずだ。

 なお、原作はシリーズになっていて、美雪の若い頃のエピソードを描いたのが『忌少女』。今回の物語から20年後が舞台になるのが『禁じられた遊び ふたたび』だ。また『カケラ女』も登場人物が共通している。特に『忌少女』を読めば、「美雪の力って何?」というのがわかるはず。また、「指から体が再生する」という発想がお気に召したホラー好きには、綾辻行人の短編「再生」(角川文庫『眼球奇譚』または『再生 カドカワホラー文庫ベストセレクション』所収)をお薦めしたい。卓越した文章技術で読ませる、怖くて切ないホラー小説なので、ぜひ。

大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。

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