菊池風磨出演「きよしこ」原作にはほとんど出てこない風磨くん演じる編集者の存在がキモ 「自分ではない人」を理解するということ
甘く溶けてあふれるほど愛しくてやるせない皆さんこんにちは。ジャニーズ出演ドラマ/映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回は2021年に風磨くんが文芸編集者になったこのドラマだ!
■菊池風磨(Sexy Zone)・出演!「きよしこ」(NHK・2021)
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- きよしこ
- 価格:693円(税込)
原作は重松清の同名小説『きよしこ』(新潮文庫)。作者自身をモデルにした少年を連作の形で書いた短編集だ。
作家の白石きよしのもとに読者からの手紙が届く。白石に吃音があると知り、同じように吃音に悩む自分の息子に「吃音なんかに負けるな」と励ましてほしいという内容だった。その手紙を読んだ白石は「少しかなしかった」と感じ、返事の代わりに短いお話を何編か書くことにした。それが、この短編集だ。
カ行とタ行がうまく言えないきよし少年は、父の仕事の都合で転校を繰り返す。自己紹介のとき自分の「きよし」がつっかえてしまい、笑われる。だが、中学、高校と進むにつれ、吃音は治らなかったが周囲は少しずつ変わっていった。そしてきよし自身もまた──。
小説では7つの短編と、今の白石が吃音の少年に向けて語りかける序章と終章で構成されている。ドラマでは安田顕演じる作家の白石と妻の生活や編集者との打ち合わせ場面が描かれるが、それらは原作には登場しない。風磨くんはこのドラマで白石の担当編集者である野村を演じているが、はっきり言ってしまおう。彼は原作には出てこない。いや、まったく出てこないわけじゃないな。少年への返事代わりに小説を書くことにした、という経緯を述べた序章に、こんな文章がある。
〈小説雑誌の編集者にページを割いてもらうとき、「個人的なお話を書かせてほしい」とぼくは言った。編集者が「私小説っていうことなのかな」とうなずきかけたのを制して、「個人的なお話です」と念を押した〉
この編集者が風磨くんだ。実際、ドラマにもこの通りの会話が登場した。だが原作ではこの編集者が出てくるのはここだけだ。おっと、風磨くんの役が出てこないのなら小説は読まなくてもいいか、なんて思っちゃいけない。このドラマの風磨くんは編集者であると同時に、この小説を読むあなたでもあるのだから。
■風磨くん演じる野村が本の装丁に託した思い
7つの短編を90分のドラマにしているので、使われるのはそのうち3作だ。小学校1年生のとき、転校した先の自己紹介で言葉がつかえて笑われ、いじめられ、欲しいクリスマスプレゼントを聞かれるもその名前が発声しにくい音で始まるため気持ちを言えず、別のもので妥協してしまう第一話「きよしこ」。5回目の転校先で孤立し、町の鼻つまみ者のおじさんと交流した小学校5年生の日々を描く第3話「どんぐりのココロ」。そして自分の進路を見据え、ある決意を両親に伝える高校3年生のきよしを描いた第7話「東京」だ。
これとは別に、小学校3年生のとき吃音矯正セミナーに通った一夏の経験を書いた第2話「乗り換え案内」の一部が回想として語られ、その章を読んだ風磨くん演じる野村がいたく感動する場面がドラマにはある。また野村は、短編が一冊にまとまったとき白石に向かって「担当させていただいて、ありがとうございました」と頭を下げる。
いずれも原作にはない場面だが、これが「読む側の気持ち」をとてもよく表している。野村は最初「悩みや苦しみを持っている子はかわいそう」「吃音なんかに負けるな」と思っていた。しかし「乗り換え案内」を読んで「すらすら喋れる大人にかぎって、吃音なんかにくじけるなって言う」と気づく。これはこの小説の本質を突いた言葉だ。
これは、吃音を抱えた少年が成長していく姿を描いた小説──のように見える。だが実のところは、彼を取り巻く人々の物語なのだと私は読んだ。きよし自身はそれほど変わっていない。もちろん、得意の野球でクラスメートに認められたり、文才を活かしてクラスの劇の脚本を担当し、自分のセリフは「つっかえない単語」だけにしたりという、努力や工夫はある。しかし彼が成長につれて喋れるようになるわけではない。その一方、ここに登場する彼のクラスメートや部活の仲間は、年齢が上がるにつれて明確にその態度が変わっていく。
「かわいそうだから庇ってやろう」と考える人も一定数いるが、著者はそれを必ずしもいいこととして書いてはいない。むしろ、「きよしはどもる」というひとつの事象を是でも非でもなく、ただそこにあるものとして扱う人に対して、きよしは心を開いていく。そして小学校時代に比べて中学・高校では、それができる人が確実に増えていくのだ。
ドラマには使われなかったが中学の野球部時代を描いた「交差点」がいい。野球部員は、きよしが言葉に詰まるとごく自然にその単語を推測し、会話を続ける。それが普通という関係性ができている。だがそんな中、中途入部した転校生がレギュラーをとるという出来事があり、その部員が敵視される。きよし自身も転校を多く経験していたので、その部員の気持ちがわかる。なんとかしたいのだが……という話だ。
■「自分ではない人」を理解するということ
これはシンパシーとエンパシーの物語だ。どちらも共感と訳されることが多いが、意味は異なる。実は私自身、子どもの頃に吃音があった。だからきよしの置かれた状況や気持ちはとてもよくわかる。これはシンパシーだ。野球部でいじめられる転校生を見て、きよし自身も自分が転校を繰り返してきたので気持ちがよくわかる。これもシンパシーだ。
だがその一方、私には転校生の気持ちがわからない。経験がないから。また、多くの「すらすら喋れる人」によっては、吃音に悩むきよしの気持ちはわからないだろう。経験がないから。でも推し量ることはできる。自分とは違う他者の気持ちを、わがことのように考え、想像することはできる。きよしのチームメートは彼が何を言いたいのか推し量ってコミュニケーションをとる。これらはエンパシーだ。
野村は、「自分には経験のない他者の内心」に対して、この小説を読むことで次第に受け取り方が変わっていく。自分の価値観で他者を判断してそれを押し付けるのではなく、その人の気持ちを理解しようとする。そして、作家に手紙を出してきた母親への返事のように、同じ悩みを持つ多くの人々への手紙のように、この本を封筒の形に似た仮フランス装という装丁で作るのだ。それは実際に、この小説の単行本に使われた装丁でもある。
他者の気持ちを100%理解し、共感することは不可能だ。けれどそのために努力することはできる。これは吃音に限った話ではない。日々の生活の中で、思い込みで他者を断じていないか? 良かれと思って、実は間違った対応をしていないか? この小説は読者の考えを変えてくれるものだと思っている。その象徴が、原作には出てこない、風磨くん演じる「小説を読んで考え方が変わった編集者」の存在なのだ。風磨くんが「この小説を読むあなたでもある」と書いたのはそういう理由だ。ぜひ、何が野村を変えたのか、この小説を読んでお確かめいただきたい。
最後に、吃音の主人公を描いたおすすめのミステリを紹介しておく。友井羊『スイーツレシピで謎解きを 推理が言えない少女と保健室の眠り姫』(集英社文庫)は、吃音があって引っ込み思案の女子高校生が、思わぬ形で校内の事件を解決していく連作ミステリだ。『きよしこ』を読んだ人なら、もしかしたら仕掛けに気づくかも……いや、たぶん気づけないな。驚くぞ。そしてやはり、シンパシーとエンパシーの物語でもある。ぜひご一読を。
大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。
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