重岡大毅主演「ある閉ざされた雪の山荘で」あのミステリをどうやって? 小説ならではの大仕掛けをこう変えたか! 映像ならではの面白さも解説
推しが演じるあの役は、原作ではどんなふうに描かれてる? ドラマや映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回は若手実力派俳優が集結した、東野圭吾原作のこのミステリだ!
■重岡大毅(WEST.)・主演!「ある閉ざされた雪の山荘で」(ハピネットファントム・スタジオ・2024)
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- ある閉ざされた雪の山荘で
- 価格:693円(税込)
え、あのミステリを映像化するの? どうやって?
というのが、この映画化を知ったときの私の気持ちである。原作をお読みの方なら同意してくれるよね。ストーリーを映像化することはできても、この仕掛けを映像で再現するのは無理──というか、再現した時点でネタがわかってしまうんだもの。東野作品の中でもかなりの大仕掛けなのだ。
まずは原作から紹介しよう。原作は東野圭吾の同名小説『ある閉ざされた雪の山荘で』(講談社文庫)。乗鞍のペンションに7人の若い俳優が集結した場面から物語は始まる。演出家からの手紙によると、ここは大雪で外部と遮断された山荘という設定で、今からここで起きる事件に対処する舞台稽古とのこと。電話などで外と連絡をとった時点でオーディション合格を取り消すという。
変わり者の演出家なので参加者たちは納得し、共同生活を始めた。するとその夜、そして2日目の夜、参加者がひとりずつ姿を消す。その人物の死体がどのような状態で発見されたかを記したメモが残されており、残った面々はいよいよ事件が始まったと考えたのだが、凶器とされた花瓶に本物の血がついていたことから、本当に殺人が起きているのではと不安になり始めた。これは芝居なのか、それとも現実なのか──?
という説明は実は正確ではない部分を含むが、現時点ではこう言うしかないのでお許しください。でもってこれらの設定はほぼそのまま映画にも踏襲されている。しかしポイントは、原作小説が出たのが1992年だということ。30年以上前の小説なのだ。1992年といえばこの映画で主演しているWEST.のシゲちゃんこと重岡大毅が生まれた年だってんだから、どれくらい前かわかるでしょ。
したがって原作には携帯電話やネットが出てこない。存在はしていたがまだ普及していないのだ。演出家からのメッセージが速達で届くなんて今読むとむしろ新鮮。だが現代ではそういうわけにはいかない。映画では、まずスマホなどの通信デバイスはひとまとめにして使用禁止となる。そして演出家からのメッセージは音声が流れると同時に、部屋の壁に文字が浮かび上がるという体裁になっている。邸内の各所にはカメラが仕掛けられ、外部から参加者たちの様子が見られるようになっていて──え?
■原作と映画、ここが違う!
原作だけ知っている人は「カメラ?」と思ったでしょ。私も映画を見てまずそこで首を傾げた。カメラがあるの? いやまあ、でも、現代だしな。そりゃそうか。だが映画の次の場面──誰がどの部屋を使うかの間取り図を見ながら決める場面で、さらに大きな疑問を抱くことになる。
いや、これさあ、どこまで書いていいものやら。現時点ですでにぎりぎりのような気がする。とまれ、原作を知って映画を見た人は、このカメラの設置と部屋決めの段階で「これ決定的に原作と違うのでは?」と思ったんじゃないかしら。結論から言うと、犯人や真相は原作と同じです。ただ30年以上前と比べると、現代ならこうなるよね、という改変がなされていると思っていただければ。
他にも違いは多々あった。これは芝居ではなく本当の殺人ならではと思わせる「遺留品」も原作より多くなっていたし、宿泊施設の管理人も映画には登場しない。もうひとり、重要人物にまつわる出来事も少し違う(結果は一緒)。特に、「第3の殺人」のあとに犯人を限定する方法が原作とまったく違っていたのには驚いたなあ。このまま「第3の殺人」なしで終わるんじゃないかとハラハラしたわ。中でも大きな違いは、真相判明後の展開。映画の方にはドラマティックなエピローグがついている。
などなどの違いはありつつも、前述の通り犯人や真相、さらにその動機も原作に同じだった。が。このコラムの冒頭に書いたように、原作の仕掛けをその通りに映像で再現してしまうとネタがわかってしまう作品なので、そこはさすがにカット(という表現も変だけど)されていた。
真相は同じなのに仕掛けが再現できてないとはどういうことか? 実は原作では読者に対してとてつもなくフェアなヒントが出されているのだ。ただそのヒントの出し方が映像では再現不能なものなのである。これはもう映像と小説の構造的な違いなので仕方ない。小説でしかできない仕掛けなので、ぜひとも原作でご確認ください。真相がわかったあとでもう一度最初から読むと、著者がいかに細部に気をつけて「何を書くか、何を書かないか」を選別していたか、びっくりするよ。
■役者が役者を演じる面白さ
フェアプレイのパズラーである原作に対して映画は若き役者たちの青春群像劇が前面に出ていた。したがって人物設定にも違いがある。
たとえばシゲちゃん演じた久我のキャラクターだ。原作は全体を俯瞰した客観描写の三人称のパートと、「久我和幸の独白」と題されたパートに分かれており、久我のパートでは彼の本音が語られる。原作の久我は好青年に見せながら内面はなかなかの野心家の上から目線野郎で、お金持ちのお嬢さんである元村由梨江をこっそり狙っているのだ。他の参加者に対する感想も実にシビア。翻って映画の久我は爽やかな青年で、いつ彼の本性があらわになるのかワクワクしていたのだが、最後まで爽やかだった。ごめん、ずっと疑ってたよ……。内面ダークなシゲちゃんも見たいという人は原作でどうぞ。
その久我がアリバイを確保するため2日めの夜は本多雄一(間宮祥太朗)の部屋に泊まることになる。原作では眠ったあとでお互いがこっそり行動できないようにドアをベッドで塞ぐのだけれど、映画は別の方法で行動を制限した──いやもうここめっちゃ笑ったわ。これは文章でしかできない仕掛けとは逆に映像だからこそできる演出だ。映像の演出といえば2階の居室を間取り図にして俯瞰で映し、登場人物がその上を動くという演出も面白かった。あれはね、原作ではできないんですよ。いろんな意味で。
その本多は、実は原作ではやや影が薄い。というよりモテるリーダーの雨宮とイヤな奴である田所のキャラが立っているので相対的に目立たなくなっている。原作での本多に対する久我の評価は「見た目はいかにも荒っぽくて大ざっぱそうだが、芝居に関してはかなりの実力派」とある。間宮さんの本多はこのイメージに近い。
一方、久我とペアのような形で動く中西貴子は原作とかなり異なる。原作の中西は深く考えるのが苦手で恋愛脳が強い。総じて原作の中西のセリフはバカっぽいのだ。だが久我に言わせれば「白痴的な色気だけでなく才能も持ちあわせている」とのこと。映画で中条あやみさんが演じる中西は真面目な常識人だったが、この原作の中西キャラの中条さんも見てみたいな。
だが何より興味深いのは役者が役者を演じていることだ。この作品のトリックは多重的になっているというのがポイントなんだが、演者もまた多重的になっているのである。役者が役者を演じ、その役者たちはさらにオーディションという場で芝居をしている。芝居なのかリアルなのかというのがキモであるこの物語において、プロの役者が「芝居を演じる」とはこういうことなんだなあと感心させられたのであった。それを決定づけるのが原作にはない映画だけのオリジナルエピローグ。なるほど、本物の役者さんたちが登場する映画ならではだ。文章でしかできない仕掛けがある一方で、映像でしか味わえない妙味も確かに存在するのである。
大矢博子
書評家。著書に『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』(文春文庫)、『読み出したらとまらない! 女子ミステリーマストリード100』(日経文芸文庫)など。名古屋を拠点にラジオでのブックナビゲーターや読書会主催などの活動もしている。
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