風間俊介「西郷どん」で演じる橋本左内は「端正な顔立ちの知識人」原作と読み比べ
焦りや不安の中で小さな自分がもがいてる皆さん、こんにちは。「陸王」に続くかざぽん2回目の登場です。冒頭挨拶に「波」を持ってくるのも2回目です。だってFOUR TOPSのオリジナルって「波」しかないんだもん。6月あたりに予定してる斗真回、どうしよう……。
■風間俊介・出演!「西郷どん」
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今年の大河ドラマ「西郷どん」には主人公の弟役として錦戸亮(関ジャニ∞)がキャスティングされているけれど、第1回冒頭にチラリと出ただけで本格的な登場は後半の予定。それまで長いな~と思っていたから、2月に橋本左内役としてかざぽんの出演が発表されたときには飛び上がったよね。嬉しいサプライズだった。
その「西郷どん」の原作は、林真理子『西郷どん!』(KADOAKWA)。小説の方には「!」がつく。明治維新の立役者のひとり、西郷吉之助(隆盛)の一代記である。が、これがドラマとはぜんぜん違うからビックリ。
原作には相撲大会もロシアンルーレットも出てこない。ジョン万次郎とも会わないし篤姫との会話もほとんどない。薩摩の農家の娘と江戸で再会したりもしないし、一橋慶喜と顔を合わせることもないし、子ども時代の糸も出てこない。つまりは極めて堅実な、オーソドックスな西郷隆盛伝なのである。ドラマとの共通項を探すなら、政治の話よりも西郷吉之助がその時々で何を感じ、何を考えて行動したかという〈歴史の話より人の話〉を前面に出している点だろう。
原作は明治37年、西郷の息子である菊次郎が京都市長になった時に、父の思い出を語るという構成になっている(もしかしたらナレーションの西田敏行さんが実は西郷菊次郎役なのではと想像しているのだが穿ち過ぎかな?)。原作第1章、「一掛け二掛け三掛けて、四掛けて五掛けて橋の上」というわらべ歌と、そこに出てくる「西郷隆盛娘」の話から入るくだりで、一気に物語が身近になった。ドラマはドラマで楽しいけれど、もしも「史実と違う」ことが気になるなら、原作小説を手に取ることをお薦めする。
さて、かざぽん演じる橋本左内は越前福井藩の藩士。当時きっての論客・水戸の藤田東湖(西郷吉之助にも大きな影響を与えた人物だがドラマには登場せず)や熊本の横井小楠とも交流を持ち、福井藩主・松平春嶽の懐刀として「次期将軍を一橋慶喜に」という目標のために西郷吉之助とともに働く大事な役だ。
イラスト・タテノカズヒロ
■橋本左内と西郷吉之助の出会いに注目
ドラマでは品川宿で橋本左内が隠密まがいの行動をとる第10話が、かざぽんの初登場。だが史実では、ふたりが初めて会ったのは安政2年の12月、江戸の薩摩藩邸とも水戸藩士の家とも言われている。原作では左内が初めて出てくるのは、福井藩邸での会談だ(第8章)。「細面の端正な顔立ちである。若さゆえに怜悧が表に出すぎることもあるが、当代一級の知識人であることに間違いはない」と原作にはある。これだけでもかざぽんぽいが、そのあとに続く、吉之助に時世を説くくだりの語り方が実にかざぽんなので、ぜひお読みいただきたい。
伝えられる史料によると、佐内はそのときの吉之助の印象を「燕趙悲歌之士」と書き残している。そのまま訳せば「時世を憂い憤る人」という意味だが、まあ、ぶっちゃけ「血の気が多いだけのヤツ」という含みがなきにしもあらず。
これで思い出すのが、ドラマで薩摩藩邸を訪れた佐内が将軍継嗣問題について吉之助に説明する場面だ。最初は対等に語っていたが、途中で、吉之助が何も知らないことに気づく。そこでかざぽん演じる佐内は「やれやれ、僕はひどく大きな勘違いをしていたようだ」と態度を変えるのである。あのときの、虫を見るような目に笑っちゃったよね。これよ、これがかざぽんよ!
自分が賢いということを自分で知っている男。自分よりバカな相手はにこやかにナチュラルに見下す男。すべてにそつなく手を回す男(書類の写しをちゃんと作っておいたりね)。こういう役をやらせたらかざぽんは実に巧い。今更言うまでもないけれど「3年B組金八先生」の兼末健次郎がまさにそのタイプで、あの吉之助への対応が放送された瞬間にはツイッターのTLに「健次郎!」の文字が並んだものだった。ああ、みんな考えることは同じだ。でもかざぽん、密談のときは窓を閉めた方がいいぞ。
けれどかざぽんにはもうひとつの得意キャラがある。そしてそちらも、この橋本左内でこのあと発揮されるはずなのだ。
■かざぽんに橋本左内が似合うもうひとつの理由
橋本左内はこのあと安政の大獄で捉えられ、刑死する。理想に燃えて奔走するも政敵の陥穽に落ち、命を散らした橋本左内。かざぽんのもうひとつの得意キャラとは、悲運や非業を背負った役だ。朝ドラ「純と愛」(NHK)しかり、「ぼんくら」(NHK)の佐吉しかり。「陸王」も上司と取引先の板挟みで苦悩する役だったし、兼末健次郎の後半も彼の背負った悲しい運命がドラマを動かした。すべてを飲み込んでチワワのように震えながらの嗚咽は彼の真骨頂だ。
左内の投獄・刑死場面でそれを堪能できるはずなのだが。そのとき吉之助は別のところにいるので、ドラマで描かれるかはわからない。その様子が知りたい人には山本周五郎の短編「城中の霜」(新潮文庫『日日平安』所収)と「橋本左内」(実業之日本社『山本周五郎全集未収録作品集16 抵抗小説集』所収)をお薦めする。また、左内をもっと知りたいなら、松平春嶽を主人公にした葉室麟『天翔ける』(KADOKAWA)がいい。むしろ『西郷どん!』より出番は多い。こちらでは、五尺そこそこの小柄ながら色白でやさしげな美男、学問に優れ奥の女中たちに人気があった、という描写。
こうなってくると、むしろ左内を主人公にした話が見たくなるよね。「陸王」回でも書いた通り、かざぽんは生田斗真と並んでジャニーズ俳優班を牽引する存在だし。でも、ちょっと待って。かざぽんが斗真と(あるいは他のジャニーズと)違うのは、圧倒的に脇役としての出演が多いことだ。最初からアイドルではなく役者として評価されてきた証左と言っていい。主役の邪魔をせず、けれど与えられた枠の中で鮮烈な印象を残す。そんな高度なバランス感覚は、ジャニーズJr.という大所帯の中で常に他のグループを盛り立てる側に回ってきたかざぽんだから出来るのかもしれない。
今回も、大久保利通という〈知〉が江戸にいない状態で、吉之助をサポートする〈知〉担当として左内は存在している。吉之助の物語である以上、左内は脇役だ。だが明治10年、西南の役に敗れ吉之助が自決した際、ありし日の左内からの手紙を大事に持っていたという。主役にそこまで思われた脇役なのである。脇役冥利に尽きるではないか。かざぽんの出番は、この先、そう長くはない。光る脇役・風間俊介に注目して、彼の退場までを追ってほしい。
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2017/05/02
第24回アンケートの受付は終了いたしました。
平和を願い、個性的な大名たちの間で常に〈調整役〉として能力を発揮した賢君・松平春嶽。橋本左内を有能な懐刀として信頼し、その能力を愛で、左内からも尊敬され、彼の刑死に責任と後悔で慟哭する春嶽を演じて欲しい俳優には1位に坂本昌行さん(V6)、2位に東山紀之さんでした。
ご参加をありがとうございました!
第25回は、医療小説の最高峰といえば、山崎豊子『白い巨塔』(新潮文庫)。「ブラックペアン」同様に大学病院を舞台にし、次期教授を狙う財前五郎医師と患者を第一に考える里見脩二医師の対立を通して医学界の腐敗をえぐった名作だ。
財前五郎は教授の椅子を手にいれるため、権謀術数をもってのし上がっていく野心の男。これまで佐藤慶、田宮二郎、村上弘明、唐沢寿明といった錚々たる俳優が演じてきた。これをジャニーズがやるなら……大矢のチョイスは黒ニノをさらに進化させるためにも二宮和也! あなたは誰に演じて欲しい?
>> アンケート このヒーローにはどのジャニーズ?【25】
大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。
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大矢博子
- 書評家。著書に『クリスティを読む! ミステリの女王の名作入門講座』(東京創元社)、『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』(文春文庫)、『読み出したらとまらない! 女子ミステリーマストリード100』(日経文芸文庫)など。名古屋を拠点にラジオでのブックナビゲーターや読書会主催などの活動もしている。