奥智哉・青木崇高主演「十角館の殺人」なんだこの幸せな映像化は! 映像化不可能と言われたミステリの金字塔を見事にドラマ化 数少ない改変部分も原作ファンへの目配りがすごい
推しが演じるあの役は、原作ではどんなふうに描かれてる? ドラマや映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回は映像化絶対不可能と言われた新本格ミステリの金字塔を見事映像化したこのドラマだ!
■奥智哉・青木崇高主演!「十角館の殺人」(Hulu・2024)
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- 十角館の殺人 <新装改訂版>
- 価格:946円(税込)
昨年末、本格ミステリファンが雄叫びを上げた『十角館の殺人』ドラマ化のニュース。1987年に刊行された綾辻行人のデビュー作で、〈新本格ミステリ〉という新たな潮流を生み出した記念碑的作品として今に至るまで読み継がれる名作だ。
だが、原作ファンが叫んだのは名作が初めて映像化されるという喜びゆえだけではなかった。「映像化するのは不可能」という共通認識があったからである。いったいどうやってあれを映像化するのか。可能であるのなら見てみたいという期待と、もしかしたら大きく改変されてしまうのではないかという不安。愛着のある作品だけに、下手な改変はしてほしくないという思いを抱く読者も多かったことだろう。
だがその心配は杞憂だった。ほんとにもう、びっくりするくらい杞憂だった! マジか、と叫んでしまうほど「映像化不可能なトリック」が完璧に映像化されていたのだから。いや、原作通りだったのはメイントリックだけではない。すべてだ。一部にキャラクター造形や時系列に改変がみられたものの、時代も舞台もストーリーも人物配置もセリフすらも、びっくりするくらい原作通りだった(いや、1箇所大きな違いがあったが後述)。原作とドラマの違いを紹介するこのコラムの出番などないくらいに原作通りだったのである。なんだこの幸せな映像化は!
まずはあらすじから紹介しよう。1986年、十角形の外観をした奇妙な館〈十角館〉の建つ角島。この屋敷を建てた建築家の中村青司は、本館の火災で妻や使用人夫婦とともに謎の死を遂げていた。その後、無人島となっていたこの島に、ミステリ研究会の大学生たちが合宿で訪れる。外界と連絡のとれない島で1週間過ごす予定だったが、3日目の朝、メンバーのひとりが他殺体で発見される。そしてまた……。
一方その頃本土では、かつてミス研の部員だった江南のもとに中村青司を名乗る手紙が届いていた。島にミス研メンバーが集まっているタイミングでの死者からの手紙。どうやらその手紙は他の部員のところにも届いているらしい。江南はたまたま知り合ったミステリ好きの島田潔とともに、過去の事件を調べ直し始める。島で連続殺人が起きていることなど知らずに……。
■原作通りのドラマ化、そのポイントはここだ!
とりあえず、映像と原作の違いを説明するためのコラムなので、些細ではあるけれど映像化にあたって改変された箇所を紹介しておく。まず、青木崇高さん演じる島田潔のキャラクターだ。原作よりも明るくて調子のいい、コミカルな造形になっていた。奥智哉さん演じる江南とのバディ感も強くなっていて、原作にはないふたりの場面や江南のアパートの大家さん(濱田マリ)とのやりとりが加えられるなど、〈本土編〉の比重が増していたのが特徴だ。また、原作でもドラマでも島パートと本土パートが順繰りに描かれるのだが、その順が一部入れ替わっている箇所がある。
もうひとつの改変は後述するが、とにもかくにも原作通り! 小説作品が映像化されるときには何らかの改変が入るのが当たり前──と思っていた。尺の問題やコンプライアンスとの兼ね合いはもちろん、たとえば人気俳優に見せ場を作るとか、スポンサーの意向とか、予算の問題とか、それこそ「映像化が難しいトリック」とか、改変の理由はいろいろあるだろう。だが今回の「十角館の殺人」はさまざまな工夫を重ねることで、改変要素を見事に減らした。
ではそのさまざまな工夫とは何か。まずこれが地上波でも映画でもなく、Huluという有料の配信サービスで制作されたことが大きい。これでまず1話約45分・全5話という構成が可能になり、尺の問題がクリアされた。原作のエピソードを一切カットすることなくドラマに組み込めたのだ。
さらに1986年という設定だ。ドラマを見た人ならお気づきのように、登場人物たちは(女性も含め)隙あらば煙草を吸っている。非喫煙者の方が少ない。また、無人島で食事の用意をしたりコーヒーを入れたりは当然のように女性が行う。現代を舞台にしたのでは違和感がありすぎるし、80年代の話だとしても地上波ではやりにくい演出だ。でも、喫煙者ばかり、台所は女性というこの設定を変えてしまうと物語の展開に差し障りが起きるのである。Huluならそれができる(まあ、地上波もクレーム覚悟ならできるだろうけど)。
もうひとつ、私が感心したのはキャスト発表の段取りだった。キャストは2段階に分けて、まず〈本土組〉〈大人組〉が発表された。島田役の青木崇高さん、江南役の奥智哉さんをはじめ、中村青司に仲村トオル、青司の弟・紅次郎に東京03角田晃広、行方不明の庭師の妻に草刈民代……え、豪華過ぎない? だってこの物語において大人組ってそんな……げふんげふん。そして配信1週間前にようやく発表されたミス研メンバーのキャストは、俳優名こそ紹介されたものの「誰がどの役か」は伏せられていたのだ。わあ、なるほど、こう来たか!
■ドラマと原作、それぞれの見どころ
それがトリックにどうつながるのかって? つながってるのよこれが。見ればわかる。実際にドラマが始まってある場面を見たとき、「ああ、これは原作通りの仕掛けが映像化できるわ!」と感動したのだった。これが可能な俳優は限られる(わかるね?)とはいえ、第4話ラストはもう、「来るぞ来るぞ」とわくわくしたね。
というわけで「ここが違うぞ!」という点はほぼないのでドラマでも原作でもお好きな方を味わっていただけばいいのだが、映像化ならではの魅力として80年代の風俗がある。黒電話! ブラウン管テレビ! 新聞のスクラップ! いかにもな男子の学生アパート! スマホもネットもないのは当然として、ファッションも懐かしい。長濱ねるさんの聖子ちゃんカットが拝めるとは。それは原作も同じだ。ドラマにはなかったが、手紙をわざわざワープロで打ってるのが不自然、ワープロで手紙を書くなんて一般的じゃない、なんてセリフが出てくるのである。時代だなあ。
そして真相を知った上でドラマを見直すと、映像の撮り方が細かいところまで実に練られていることがわかる(具体的に言えないのが辛い)。これらは映像ならではの楽しみ方だが、原作には原作の楽しみ方がある。小説は原則として三人称で書かれているが、それぞれの章で視点人物となる──つまりは内面描写のある人物が設定されている。それがほぼ全員なのだ。つまり、犯人の内面が描かれる章もあるのである。なのにわからない。嘘は書かれていないし、本人が内心何を考えたかも書かれているのに、それが犯人だとわからない。叙述トリックの粋と言っていい。そこをぜひ原作で味わっていただきたい。
なお、原作からの見逃せない改変がラストにあることは言っておかねば。原作では島田潔と〈犯人〉の会話場面が描かれるのだが、ドラマではそこに江南が加わる。そして江南が、〈犯人〉にとっては衝撃的な推理を披露するのだ。その推理は間違いなのだが、〈犯人〉は……。その後は原作と同じラストへと戻るのだが、「すげえ原作通りだな」と思いながら見ていたドラマに最後の最後でこんなサプライズが仕掛けられていたとは。原作ファンへの目配りがありがたい。
ところで先月紹介した「52ヘルツのクジラたち」に続いて、この作品も舞台は大分県である。大分出身者としてこの流れには胸をときめかせているぞ。原作にはもっと具体的な大分の実在の地名がたくさん出てくるので、大分県民は特にチェックだ!
大矢博子
書評家。著書に『クリスティを読む! ミステリの女王の名作入門講座』(東京創元社)、『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』(文春文庫)、『読み出したらとまらない! 女子ミステリーマストリード100』(日経文芸文庫)など。名古屋を拠点にラジオでのブックナビゲーターや読書会主催などの活動もしている。
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