浮所飛貴出演「ソロモンの偽証」カットされたエピソードが切なすぎて震える! 原作だけに描かれた「野田」の悩み
七色に煌めく毎日が続く皆さん、こんにちは。ジャニーズ出演ドラマ/映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回は浮所くんのドラマ初単独出演作だ!
■浮所飛貴(美 少年/ジャニーズJr.)・出演!「ソロモンの偽証」(2021年・WOWOW)
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- ソロモンの偽証
- 価格:880円(税込)
原作は宮部みゆき『ソロモンの偽証』(新潮文庫)。500ページ以上の文庫で全6巻という大長編だ。2015年に2部構成で映画化されたのをご記憶の方も多いだろう。富田望生さんが映画とドラマの両方で同じ役を演じていたのには「おっ」と思った。松子ちゃんが高校生になってる……!
ドラマは原作からの変更点が多いので、まずは原作のあらすじを紹介しておこう。物語の始まりは1990年のクリスマス。城東第三中学校2年生、柏木卓也が学校の屋上から転落したと思われる遺体で発見された。警察は自殺と断定したが、その後、学校きっての不良少年・大出俊次とその仲間が柏木を殺したのだという告発書が、3箇所に送り付けられる。
告発書を受け取ったのは、刑事を父に持つクラス委員の藤野涼子、クラス担任の森内、学校長の津崎。しかし森内宛の告発書が思わぬ形で流出、テレビ局に送られて世間に晒されたことで大騒ぎになった。しかもそこから新たな事故や事件が相次いで起きる。対応が後手にまわる学校、騒ぎ立てる保護者、世間を煽るマスコミ、無責任な噂と誹謗中傷。
警察によって柏木は自殺・告発書は悪戯と断定されたため正式な再捜査は行われず、結果として大出犯人説は野放しのまま囁かれ続けて半年が経った。柏木はなぜ死んだのか、多くの人を納得させる議論が必要と考えた藤野涼子は生徒たちに呼びかけ、3年生の卒業課題として、大出を被告とした校内裁判を提案する。弁護人がしっかり無実を証明すれば大出の汚名は雪がれるのだ。かくして、被告・検事・弁護人・判事・陪審員らすべてが中学生という裁判が開廷した──。
というのが原作のざっくりしたあらすじだ。こうして最低限の要素だけまとめると「中学生だけで裁判」というのが唐突に思えるかもしれない。だが原作を読めば「それしかない」というのがわかるはずだ。犯人と疑われているのに弁明の機会が与えられない大出。告発書を出したのには深い理由があったのに蓋をされた告発者。何が正しい情報かわからないがゆえに噂と思い込みで人を判断する人々。学校内裁判は大出を罰するためではなく、「偏見を廃し、フェアに意見を聞く」場所として設けられたのである。
■ドラマはサスペンス、原作は群像劇という違い
まず最もわかりやすい改変として、原作の中学校から高校へと舞台が変更された。そして原作はバブル末期の1990~91年の話だったのに対し、ドラマは現代の話になっている。そのためドラマでは、原作には登場しないスマホやSNS、動画配信などで噂が拡散されていく様子が描かれる。まさに現代の社会問題となっている、匿名での誹謗中傷が前面に押し出された形だ。
他にも、長大な原作を全8回にまとめるため、省略されたエピソードやカットされた登場人物も多い。何より浮所くん演じる野田健一のキャラクターやエピソードがかなり大きく変わっているのだが、それは後述するとして。最大の違いは、ドラマは上白石萌歌さん演じる藤野涼子視点のサスペンスなのに対し、原作は群像劇ということだ。
原作は多くの人物の視点でひとりひとりが普段どんな生活をし、何を考えているのか、何を抱えているのか、他者からどう見られているかが詳しく描写される。生徒だけでなく教師にも親にもそれぞれの人生があり、意見や思いがあることが生活感たっぷりに綴られる。これは宮部みゆきの得意技だ。登場人物全員、それぞれ主人公の長編が書けそうなくらい、しっかり描き込まれるのである。読者は「こういう人、いる」と何度も頷くだろう。そして「この人は私だ」という登場人物も、きっといる。
原作3巻に印象的な場面がある。学校内裁判をやることになったが、検事と弁護人、それぞれの助手、判事、廷吏、陪審員など少なくとも15、6人は必要なのにはじめは4人しか集まらなかった。ところがそこに、ひとり、またひとりと賛同者が手を上げる。しっかり者の生徒会役員がいる。好きな男子につられてきた女子がいる。寡黙な空手家がいる。いじめられた経験を持つ女子がいる。論理的思考の副委員長がいる。空気の読めない女子、大出の元カノの不良少女、教師への反発から参加を決めたバスケ部員と将棋部員、事件にはなんの興味もないが内申点狙いでやって来た男子……。
性格も動機も個性もすべて違うメンバーが集まってチームとなる様子はまるで「ONE PIECE」よ。グループに分かれて戦ったり協力したり大人と駆け引きしたりという点では「ワールドトリガー」的でもある。理解の早い人もいれば遅い人もいるし、騒がしい人もいれば存在感のない人もいる。同じものを見ても、感想が違う。解釈が違う。気づくものが違う。むしろ事件の真相云々より、「人はみんな違う」「だから話さないとわからない」というテーマの方が本書の主眼なのだ。そんな人たちが集まって、何度も何度も話し合って、「理解」を目指す。いいんだなあ、これが。
ドラマ第6話放送時点では、裁判関係者は個別に紹介されることなく主要3~4人で裁判が進むが、映像を見ながら「あ、廷吏のヤマシンがいる!」「陪審員のあの子がかなめちゃんかな?」などと原作と照らし合わせるのがとても楽しい。残念なのは原作で検事の助手を務めるふたりが出てこないこと。すごくいいコンビなのに!
■原作の野田健一はほぼ主役! 浮所くんで脳内再生すべし
ということで浮所くん演じる野田健一である。これが、原作とはまったく違う! ドラマでは藤野涼子の幼馴染で良き相談相手という役どころだが、原作ではふたりに接点はない。野田は彼女にほのかな思いを抱いているが、藤野涼子の方はまったく興味なし。
だが原作の野田健一は藤野涼子に次ぐ主役と言っていいほどのキャラクターなのだ。まず、柏木の遺体を発見するのが野田である──つまり物語に最初に登場する生徒が彼なのだ。しばらく物語は野田健一の視点で進む。そしてドラマにはまったく出てこなかった家庭の問題が描かれ、懊悩が描かれ、彼を心配する親友が描かれる。だが、その悩みはついに一線を越え──いや、これは原作でお読みいただこう。文庫2巻だ。浮所くんを思い浮かべながら読んでみな? 切なさに震えるから! このエピソードがドラマに出てこないなんて、実にもったいない。
もうひとつ浮所担に薦めたいのは1巻の終盤、図書館で男にからまれた藤野涼子が野田に助けを求める場面だ。それまでの野田は家庭の事情から、本当は「できる」ということを隠して敢えて目立たないように振る舞っていた。長年そうするうちに、いつしかそれが習い性になってしまっていた。しかし、憧れの藤野涼子が困っているのを見て、彼は「男を見せる」のだ。かっこいいぞ!
この、本当は「できる」というのがポイント。ファンはご存知の通り、浮所くんといえば趣味は乗馬にヴァイオリンという立教ボーイ、完全無欠の王子様である。原作の野田健一が、教師からは落ちこぼれ扱いされ、女子からは頼りにならないと思われていても、本当は「できる」やつなんだと、実感を持って読めるのは浮所担の特権ではないか。
野田健一は他校から参加した弁護人・神原和彦の助手として、弁護側の調査を担当する。乱暴者の大出と少しずつコミュニケーションがとれるようになり、神原の不審な点にいち早く気づき、家族の問題を乗り越え、次第に成長していく。その過程のさまざまな心情・心境が、彼本人の言葉で語られる。ぜひ原作で、「主役・野田健一」を確認していただきたい。原作のエピローグには20年後の彼も登場するぞ。
ところで藤野涼子への想いは通じたのかな? それは原作6巻に収録されている短編でわかる。著者の人気シリーズである「探偵・杉村三郎」シリーズの短編に大人になった藤野涼子が登場するボーナストラックだ。ああ、こういう結果か!
大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。
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