大矢博子の推し活読書クラブ
2023/03/15

松本潤主演「どうする家康」たくさんある家康小説、どれを読む? おすすめは家康以外が主人公のこの一冊

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 誰かの決めた自由はいらない皆さんこんにちは。ジャニーズ出演ドラマ/映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回は原作ではなく、松潤大河をより楽しむための家康小説を紹介するよ!

■松本潤(嵐)・主演!「どうする家康」(NHK・2023)

 いやあ皆さん見てますか見てますよね大河。松潤が徳川家康と聞いたときには大河主演に喜びながらも「イメージ違くね?」と感じたことは正直に告白しておこう。けれどいざ始まってみたら、なるほどこう来たかと膝を打ったのだ。これは天下人の家康物語ではなく、気弱なプリンスの成長譚だったのだから。なんつっても10代の、松平次郎三郎元信時代から描かれたのが嬉しい。松平(M)次郎三郎(J)元信! MJ元信! 声に出して読みたいMJ元信!

 さて、その名を知らない人はいないくらい有名な徳川家康だが、実は大河ドラマで主人公として描かれたのは3回しかない。1983年の「徳川家康」(主演・滝田栄)と2000年の「葵 徳川三代」(主演・津川雅彦)、そして今回だ。「葵 徳川三代」は関ヶ原から家光の治世まで3代にわたって描いたものだったので、家康の生涯という点では1983年の一作だけだったのである。

 この「徳川家康」の原作が全26巻にも及ぶ山岡荘八『徳川家康』(講談社・山岡荘八歴史文庫)だ。1950年に新聞連載が始まったこの小説で、山岡荘八は家康を「平和を希求する者」として描き、それまでの狸ジジイのイメージを覆した。戦前までは江戸幕府を倒した明治政府の流れを汲んでいたため、徳川はたいてい悪者として書かれていたという事情もある。新選組がずっと敵役扱いされていたのもそのためだ。

 それをひっくり返してみせたのが山岡荘八で、家康小説の金字塔であることは間違いないし、ぜひ読んでほしいんだけど……とはいえ70年前の小説だからね? 言葉遣いも古いし、歴史研究が進んで今の解釈とは合わない部分も多い。何より26巻という長尺は、ちょっと読み始めるのに勇気が要る。というより時間が要る。

 そこで今回は大河をもっと楽しむために、お薦めの家康小説をいくつか紹介しよう。もちろん、ドラマを理解するなら木俣冬さんによるノベライズ『どうする家康』(NHK出版)や公式ガイドブックを読むのがいちばんいい。当たり前だが、ドラマのイメージそのままの登場人物が、ドラマの展開通りに話が進むので、ドラマの流れを知るのにはうってつけだ。

 でもどうせなら他の小説も読んでほしいのだ。誰の視点で、どんな歴史解釈で描くかによって、同じ出来事でも見え方が大きく違ってくる。それこそが歴史小説を味わう醍醐味だから。


イラスト・タテノカズヒロ

■基礎知識の松本清張版、そしてイチオシは意外にも「あの人」の話

 毎年大河ドラマに合わせて、その主人公を扱った新刊や既刊の新装版が多く出版される。その中で、私が思わず書店の店頭で笑ってしまったのが、松本清張『徳川家康』(角川文庫)の新装版だった。だって表紙の家康のイラストがどう見ても松潤なんだもの! しかも著者が松本清張なので、松潤そっくりのイラストの横に「松本」の文字が……いやもうこれ絶対狙ってるでしょ。

 ただこの松本清張版、基礎知識を得るにはうってつけなのだ。なんせこれは清張が小中学生向けに書いた家康の伝記だから。手に汗握る戦国ドラマというわけではないが、家康の誕生から死まで重要な合戦やエピソードが順を追ってわかりやすくまとめられている。書かれたのが1955年なので今の解釈とは違う部分も多々あるものの、そこは「どうする家康」の時代考証を務める小和田哲男さんが巻末の解説で「今の研究では、ここはこうなってますよ」と説明してくれているので大丈夫。

 知識よりもっとキャラが立ったエキサイティングな小説が読みたい、という人に是非とも薦めたいのが、谷津矢車『しょったれ半蔵』(小学館文庫)である。主人公は服部半蔵正成。大河で山田孝之さんが演じている、忍びの仕事を担う人物だ。え、家康じゃないじゃん、と思った? いやいや、これが丁寧に家康の覇道をなぞっているのよ。

『しょったれ半蔵』の半蔵は忍びの仕事が嫌で家を飛び出し、渡辺守綱(大河では木村昴さんが演じている)の家人になる。自分は武士だ、忍びじゃない、と事あるごとに主張するが、家康からは「え、ハットリだよね。伊賀だよね。忍びだよね」と忍び働きばかり命じられ、「違うのにー、武士なのにー」と文句を言いつつミッションをこなす。背景は違うが、ドラマとよく似てるでしょ?

 そして半蔵が命じられるミッションが、三河一向一揆、掛川城攻め、姉川の戦い、三方ヶ原の戦い、正室と嫡男の一件、そして伊賀越え。つまり順を追って読むだけで家康がどう進んでいるかがよくわかるのだ。しかも各編に、家を潰した今川氏真だの小生意気な若き榊原康政(小平太)だの渋い石川数正だのドラマでお馴染みの人々が登場するので、彼らがどう描かれているかも楽しめる。

 タイトルの「しょったれ」とは半端者のこと。武士にも忍びにもなれない半蔵のことだが、本書では家康もまた成長途上のしょったれだ。ドラマの家康も今はまさにしょったれだし、本書で半蔵とともに変化していく家康をぜひ味わっていただきたい。そして何より、半蔵だもの、少年マンガもかくやという忍者バトルもあるよ! ラストの意外な展開には驚くこと間違いなしだ。

■まだまだある、家康とその仲間たちの物語

 ドラマを見ていて感心したのは、ドラマや小説ではあまり触れられてこなかった三河一向一揆が丁寧に描かれていたこと。そんな一向一揆を徳川視点の小説で読むなら、宮城谷昌光『新三河物語』(新潮文庫)の上巻がいい。ドラマで小手伸也さん演じる「色男殿」こと大久保忠世と松山ケンイチさん演じる本多正信の交流も登場する。仲の良かったふたりが一向一揆で敵味方に分かれてしまい、互いに相手をなんとか説得しようとする場面が印象的だ。

 家康は祖父・父と2代続けて家臣に裏切られ、命を落とした──という言葉がドラマで何度か登場したが、その様子が描かれるのが岩室忍『家康の軍師』(朝日文庫)の第1巻。家康の一代記と思って読み始めたら、おじいちゃんの松平清康が死ぬ場面から始まったので「そこからですか!」と声に出してしまった。ちなみに1巻の家康はまだ子どもで、めそめそ泣いては若き信長から「ぴーぴー泣くな!」と叱られている。

 この『家康の軍師』が興味深いのは、「……というふうに伝えられてるけど、それは徳川家康を神君として持ち上げるためにあとで作った話なんだよねー」みたいな著者ツッコミが入ること。寺島しのぶさんのナレーションが「神の君」と家康を持ち上げるのに実態はヘタレだったというドラマの趣向を思い出す。

 ただ、この2作品はどちらもある程度歴史に詳しい人向けだ。『新三河物語』は大久保一党から見た話だし、『家康の軍師』は戦国時代を俯瞰して背景を詳しく描いているので、松潤を仮託するのはちょっと難しい。そこで安部龍太郎『家康』(幻冬舎文庫)を薦めよう。現在進行中の家康一代記で、先月第8巻が出たばかり。8巻では関白秀吉が家康を江戸へ転封する。まだ天下は遠い!

 この安倍龍太郎版は桶狭間の合戦に始まる。そこはドラマと同じだが、母との関係、正室との関係、信長との関係などはドラマとまったく違うため、ドラマのイメージで読むと違和感があるかもしれない。だがこの家康は、「悲しみを知る者」として描かれているのがいいんだなあ。幼い頃から苦難の連続で、負けを経験し、貧乏を経験し、その上で「厭離穢土、欣求浄土」を目指すのだ。しかもこの『家康』は経済という観点から戦国時代を描いているのが特徴。鉄砲を多く持つものが勝つ時代にどう流通を確保するかなど、面白い視点で読ませてくれるのがとても興味深い。

 ドラマはまだ序盤。今はまだまだLove so sweetな家康だけど、この先さまざまな出来事を経てとまどいながらもワイルド アット ハートな武将へと成長していくはずだ。いろんな家康小説を味わいつつ、MJ家康のナイスな心意気を見守っていこうぜぃ!

大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。

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