大矢博子 ジャニ読みブックガイド
2019/07/10

松本潤が「尊い!」 主演映画「陽だまりの彼女」原作と比べることで広がる楽しみ

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 私たちに多くの素晴らしい出会いを届けてくださったジャニーさん、本当にありがとうございました。どうかそちらでも存分に、ステキなステージを作り続けてください。Show must go on.

 さて、ではいつものようにいきますよ。たった一度の人生ならば感情と記憶焼き付ける皆さんこんにちは。ジャニーズ出演ドラマ/映画の原作小説を紹介するこのコラム、「永遠のニシパ」(「シ」は正式には小文字)の全国放送に先立ち、今回は松潤のターニングポイントとなったこの映画を取り上げるよ。

■松本潤(嵐)・主演!「陽だまりの彼女」(2013年、東宝)

 原作は越谷オサムの同名小説『陽だまりの彼女』(新潮文庫)。広告会社に勤める奥田浩介は仕事先で中学時代の同級生・渡来真緒と再会する。当時、真緒は勉強ができないことや里子という家庭の事情からいじめの標的にされており、浩介が真緒をかばったのがきっかけで親しくなったのだった。けれど幼い恋は浩介の転校で一旦幕を閉じた。時を経ての再会にふたりは自然と付き合い始める。

 ところが浩介は真緒の両親から交際を反対されてしまう。真緒には、渡来家に引き取られた12歳以前の記憶がないと知らされたのだ。ショックを受けた浩介だったが真緒への気持ちは変わらない。ふたりは駆け落ちを決意、婚姻届を出して結婚生活を始めた。ふたりで暮らす幸せな日々。けれど真緒にはもうひとつ秘密があって……。

 というのが原作・映画の両方に共通するストーリーである。おおまかな話の流れは同じだが、映画には原作に登場しない人物がふたり加えられていた。真緒と同じ会社の先輩社員・新藤と、江の島の猫屋敷の老婆だ。え、このふたりって真緒の秘密のヒントを見つける人と、真相を教えてくれる人じゃん。このふたりが出てこなかったら、原作ではどうやって浩介はあの「秘密」に気づいたの? と思うでしょ? そこがポイント。

 原作小説はすべて浩介の一人称一視点で綴られる。浩介の心の中がつぶさに描かれるので、真緒の何を不審に思い、何と何を結びつけて真相に到達したか、その結果何を思ったかがしっかり読者に伝わる。けれど映画で延々浩介のモノローグを続けるわけにはいかないからだろう、他者を入れて「反応」や「動き」を加えた。登場人物を絞った方がわかりやすい小説と、人物を増やすことで話を動かす映画。それぞれにとって最もいい構成を選んでいるわけだ。

 だが、このオリジナルキャラふたりの追加は、原作の改変という点では実はそれほど重要ではない、と敢えて言おう。もっと注目してほしい原作と映画の違いがある。


イラスト・タテノカズヒロ

■原作の魅力は細部に宿る

 映画ではふたりのデートシーンや幸せな日々はイメージ映像のような形で届けられ、それはそれでとてもステキであたたかだったのだけれど、シリアスな場面により時間がかけられていた。けれど原作は、幸せな場面こそにたっぷりみっちりページが割かれている。それも──はっきり書くが浩介と真緒、笑っちゃうくらいのバカップルなのだ。でもってそのバカップルの描写が実にイイのである。

 原作のシーンが映画では少し変えられている場面がいくつかあった。たとえば真緒の会社の会議室でキスをするシーン。映画では真緒の方からいきなり、という展開だったが、原作は違う。浩介がテーブルを挟んで座る真緒に「ええと、では、ご起立願います」と声をかけるのである。何それ可愛すぎるでしょ! しかも他の社員の足音が聞こえたら慌てて離れて「うそっ。では、ご着席願いますっ」である。こんな可愛くてほのぼのした笑えるキスシーン、ある?

 また、ふたりがレストランで、昔真緒をいじめていた元同級生と再会する場面。映画では浩介がかっこよく啖呵を切ってレストランを後にするが、原作では浩介と真緒で共謀してある仕返しをする。出て行くのは相手の方。ここも実に痛快で、ふたりの作戦がとんでもなくバカップルっぽくて、もうニヤニヤしてしまう。しかもそんな場面の中にさりげなく真緒の秘密のヒントが忍ばされていたりもするから油断できない。

 そうそう、「秘密」がわかるきっかけとなった大きな事件のあと、映画の浩介は真緒に不信感を抱く素ぶりを見せるが、原作の浩介はまったくそんなことはなく、変わらず真緒ラブだ。その一方で、映画ではカットされた、浩介が真緒を不審に思う別のエピソードが原作には登場する。けれどこれも「ごめんね」で解決する。原作のふたりはどこまでもラブラブだ(でもそれも伏線なのだ気をつけろ!)。

 他にもいろいろ小さな違いはあるのだが、どれも映画より原作の方が100倍は〈幸せバカップル〉として描かれている。ふたりで初めて一緒に過ごした翌朝の照れ臭い雰囲気だとか、愛してるって言おうとして噛んじゃう場面とか。原作の魅力は、こういった細部にある。平凡だけど楽しい会話や、ちょっとした仕草。読んでるこちらも本当にあたたかな気持ちになる。恋っていいなあとほんわかしたり、自分の恋愛を思い出して甘酸っぱい気持ちになったり。神の宿った細部の描写をじっくり味わっていただきたい。まさに「たった一度の人生ならば感情と記憶焼き付け」る物語だから。

■映画とは違う原作の結末を、松潤を想像しながら味わう

 そこまでたっぷり幸せを見せつけられた分、真緒の秘密がわかってからの展開は切なさMAXだが、ここに映画と原作の最も大きな違いがある。映画と原作では秘密が判明するくだりから結末にかけてがまったく違うのだ。さすがにそれを具体的に書くわけにはいかないが、原作では浩介のある一言で物語が終わる。その一言はとても悲しくて、でも同時にとても幸せであたたかくて……ハッピーエンドともサッドエンドともとれるような、とても余韻のある一言なのである。

 ところが映画ではその一言を、終盤の途中に入れた。そこからもうひと展開してみせて、別の結末を用意した。映画の結末は、原作の結末とは並び立たない、まったく別のものだ。どちらの結末が好きか、人と語りたくなること間違いなし。ぜひ映画と原作を見比べて(読み比べて)ほしい。原作を読んだとき、そのラストの一言を浩介が──松潤がどんな顔で口にしたかを想像してみてほしいのだ。泣きそうで、でもちょっと微笑んだ、そんな表情の松潤が読者の脳裏に浮かぶに違いない。そしてその表情は、読み終わってからもずっと胸に残るはずだ。

 この映画で松潤が演じた浩介は、優しくて少しどん臭い、普通の青年だ。それまで「ごくせん」(2002年、日本テレビ)や「花より男子」(2005年、2007年、TBS)で視聴者に印象付けた、トガった俺様キャラとは正反対の役柄。松潤にとっては初めての挑戦だった。正直はじめは「松潤と浩介ってイメージ違う」と思っていたのだが、映画を見た瞬間、その懸念は吹き飛んだよね。何この可愛くふにゃふにゃ笑う松潤は! 「尊い」ってこういうときに使う言葉なのでは?

 キャラの立った役が多かった松潤が「陽だまりの彼女」で見せた〈普通の青年〉は、間違いなく松潤の演技の幅を広げた。そのひとつが「ナラタージュ」(2017年、東宝)だ。松潤が演じたのは、優柔不断で流されやすくて、教師のくせに教え子と不倫して、しかも離れられないダメな男。「陽だまりの彼女」がなかったら「ナラタージュ」もなかったのではないだろうか。

 その松潤が、今度は初めての時代劇に挑戦する。あの北の大地に〈北海道〉という名前をつけた幕末の冒険家・松浦武四郎を描く「永遠のニシパ」(NHK)だ。ドラマは脚本家・大石静さんのオリジナルだが、このコラムでは松浦武四郎の一代記である河治和香『がいなもん 松浦武四郎一代』(小学館)を取り上げ、松潤演じる武四郎を掘り下げるのでお楽しみに!

大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。

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