大矢博子の推し活読書クラブ
2022/02/24

山田涼介出演「大怪獣のあとしまつ」ノベライズ版をぜひ読むべき! 全観客がツッコんだ疑問への答えがそこにはあった

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 勇気を繋ぎ合わせて夢へと向かう皆さん、こんにちは。ジャニーズ出演ドラマ/映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回はなにかと話題のこの映画のノベライズを取り上げるよ!

■山田涼介(Hey! Say! JUMP)・出演!「大怪獣のあとしまつ」(2022年・松竹・東映)

 突如、東京を襲った大怪獣。国防軍の攻撃もまったく効かず、招集された若者たちはなす術もなく命を散らし、都市は破壊され、このまま日本は滅亡するかに思えた。しかしそこに謎の光が現れ、怪獣は倒される。めでたしめでたし──ではなかった。なんとなれば河川に横たわる巨大な怪獣の死体をどうするのか、という問題が残されていたからだ。

 閣僚たちが責任を押し付けあう中、処理を任されたのは首相直轄の特務隊。一刻も早く処理しなければ怪獣の腐敗隆起が爆発し、広範囲に被害が及ぶ。しかし政権内のパワーゲームにより、国防大臣率いる国防軍の横槍が入る。のみならず総理秘書官の雨音正彦には、特務隊を指揮する立場でありながら不審な行動が垣間見えた。実は雨音正彦の妻で環境大臣秘書官のユキノは、特務隊の帯刀アラタのかつての恋人だったのだ──。

 特撮SF+政治家のパワーゲーム+三角関係という三題噺のような要素を攪拌し、ナンセンスギャグでコーティングした映画である。そう、何に驚いたってこれがナンセンスギャグ映画だったってことよ。事前の宣伝から予想した内容と実際がここまで違う映画ってある? (でも2年前の製作発表時のニュースを見ると、ちゃんと「コメディ」「ふざけ倒します」って書いてあった)

 実はこの映画、私はふたつの理由から意外と「真面目に楽しめた」のである。ひとつは、公開初日から「ギャグ映画だった!」という評判が光の速さでネットを駆け巡ったため心の準備ができたこと。もうひとつは、前もって橘もも著の『大怪獣のあとしまつ 映画ノベライズ』(講談社文庫)を読んでいたことだ。

 この映画のノベライズは2冊出ている。橘ももの講談社文庫版と、時海結以『小説 大怪獣のあとしまつ』(講談社KK文庫)だ。時海版は小中学生対象の児童書で、内容も(一部下ネタは削除されているが)映画にそのまま沿ったもの。ここで薦めたいのは、一般向けの橘もも版の方である。どっちかわからなくなりそう? 大丈夫、このコラムの読者ならはっきり見分けられる。山田くんのカラー写真が収録されているのが橘もも版だ。
 

■ノベライズで描かれる心情描写とツッコミ


イラスト・タテノカズヒロ

 橘もも『大怪獣のあとしまつ 映画ノベライズ』は、もちろん映画のストーリーに沿っているのだけれど、実は映画と大きな違いがある。映画では描かれなかった社会の描写や、登場人物の背景・心情描写が丁寧に綴られているのだ。これがいい。

 たとえば映画の冒頭、クラス会で怪獣の接近を知らせる緊急警戒警報が鳴り響き参加者が慌てるも、それはいたずらだったという場面がある。映画では騒いで終わりだったが、ノベライズではユキノがこんなふうに思う。

「──まだみんな、怖がってる。/必要以上にはしゃぐのは、怯えているからだ。/本当にもう、安全なのか。平穏な日々は、戻ってきたのか。わからない。(中略)ふと油断した隙にまたあの怪獣がよみがえり、暴れるんじゃないのか。/そんな恐怖を誰もが、胸の内に秘めている」

 怪獣が人々の心に傷を残したことを、ノベライズではきちんと描写する。「もうだめなんだ、私たちみんな死ぬんだ」という静かな絶望を経験して、それが謎の光でなんだかわからないままふんわり解決されたことで、心の落ち着き場所が見つからない。不安がなくならない。だからこそ「あのとき何が起こったのか」を解明して、ちゃんとあとしまつをしなくてはいけないんだ、とユキノは考えるのである。どうですか、冒頭でこれだけ書いてくれると、状況がすごくよくわかるでしょ?

 他にも、たとえば大怪獣の登場でどんな被害があったか、政府の対応に人々は何を思ったかも綴られている。さらに小説はユキノ、アラタ、正彦の3人の視点で進むので、セリフにはなっていない彼らの内心が描かれるのがミソ。正彦とユキノがお互いをどう思っているのか、ユキノが何を思ってアラタに「ご武運を」と声をかけたのか、相次ぐ横槍にアラタは何を思うのか、ノベライズを読むと物語がより深まるのである。

 何より私がこのノベライズを推したいのは、観客の代わりにユキノたちが心の中で「ふざけた場面」にツッコミや解説を入れているからなのだ。怪獣の腐敗ガスの臭いを何に喩えるかの議論では、ユキノは心の中で「そんなこと、どうでもいい。これ以上のどうでもいいことは、この世に存在しないくらいに」と考える。国防大臣が特務隊を嫌う理由を聞かれて「ブロッコリーは好きだがカリフラワーは嫌いって感じ、わかるか」というよくわからない比喩で答える場面があるが、それがどういう意味か、ノベライズでは正彦が共感しつつ心の中で解説するくだりもある。

 ふざけ倒す場面にはツッコミを入れ、ナンセンスな会話には解説を加え、登場人物のジレンマや懊悩を描写し、ギャグが全面に出た会話では直接話法を間接話法に変える。それだけで物語がぐっと落ち着くことに驚くぞ。橘ももさんのノベライズ技術、すごいな。映画をすでに観た人も、ぜひこのノベライズを読んでほしい。新たな発見が必ずあるはずだ。

■ギャグの奔流の中、唯一ブレない山田涼介がかっこいい!

 山田くんの役は特務隊として怪獣の処理に当たる帯刀アラタ。3年前に突然行方不明になり、2年後にこれまた突然戻ってきたという過去がある。消えていた2年間、どこで何をしていたか、彼は誰にも語っていないようだ。そして3年前に恋人だったユキノは、アラタが戻ったときには雨音正彦の妻になっていた。

 ──と書くと実にミステリアス&シリアスなんだが、映画はコメディなわけで。山田くんがコメディって、と、ちょっと戦々恐々としつつ見に行ったのだけれど、逆の意味で驚いた。周囲がこぞってふざけ倒す中、山田くんだけはギャグなし。まったくブレない。彼だけはふざけないことで、この映画がバラけないように芯の役目を果たしているのだ。あ、それってセンターってことか!

 ギャグとかシリアスとかのカテゴライズを飛び越える存在感のオダギリジョー。あの美貌で突然コミカルな言動に走る土屋太鳳。コメディはお手の物のはずなのに悪役の演技で攻めてくる濱田岳。言わずと知れた西田敏行・六角精児・ふせえりといった大御所の曲者たち。個性的なメンツの中でセンターの役割を果たすって、それ山田くんがいつもやってることじゃん、ねえ?(ちなみに映画パンフレットのインタビューにも、「自分のグループ」に重ねて語っている部分があるぞ)

 そんなアラタの内面もまた、ノベライズでは描写される。終盤、ユキノのある行動のおかげで国防軍による包囲網が解け、アラタはひとり、ミサイルを背負って怪獣に向かっていく。そのとき、アラタが何を考えていたか。ここがすごくいいので、ぜひ読んで! ユキノをどう思っているのかという本音。正彦に対して抱いた嫉妬と、それを封印したこと。自分がユキノのために何ができるかを考えたこと。映画では語られなかったアラタの思いがちゃんと文章になっている。ここはぜひ山田担に読んでいただきたい。

 まあ、山田くんがブレないとはいっても、あのラストにはちょっと呆然としたけどもね! ノベライズにはあの場面もユキノの内面の声で解説が加えられているのでかなりわかりやすいし、希望に満ちた終わり方になっている。何より、全観客が思ったであろう「それ、最初からやれよ!」というツッコミに、ノベライズのユキノは「そうしなかった理由」を想像しているのだ。実に細部まで目配りの利いたノベライズなのである。山田くんのカラー口絵とともに、ぜひどうぞ。

大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。

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