南沢奈央の読書日記
2020/08/18

ムーミンと夏まつり

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撮影:南沢奈央

 わたしはムーミンが好きなようである。
 自ら「ムーミンが好き!」と言ったことはないけれど、家にはムーミンのお皿やマグカップ、タッパー、冷蔵庫にはマグネット、食卓には木製の置物もあり、トートバッグも時々使うし、カレンダーをふと見ればムーミン! ムーミン好きを自覚せぬままに、家中にムーミングッズが溢れていた。
 そして先日、やっぱり自分はムーミンが好きなのだと、ふと気づいた出来事があった。
 雑誌をパラパラとめくっていたら、講談社文庫から、ムーミン童話が新装版で発売されているとの広告を発見。スウェーデン語版オリジナルカバーに使われていた絵がカラーで使われていて、さらに全9巻入ったボックスにも、まるっと一周、トーベ・ヤンソンの絵が使われている。
 文庫本はそれぞれを出して本棚に並べたくなるくらいに色合いが鮮やかで、スウェーデン語が良い感じにお洒落なのだけれど、ボックスに収めて本棚に入れるのもこれまた捨てがたい。文庫本とは一変、淡い色使いでやさしい雰囲気の絵。まるで絵画を飾るようで、美しい。
 ……欲しい。と思ったのが、もう半年以上前のことだ。もしかしたら、もっと前かもしれない。結局、大人買いする勇気が出なくて、買わずに終わっていた。
 何の雑誌でこの広告を見たのかはもちろん、この新装版ボックスの存在もすっかり忘れてしまっていた。1週間前まで。
 そう、1週間前、ふたたび出会ったのだ。今度は実物に!
 予定が午前中のうちに終わってしまって、そのまま家に帰るのも勿体なくて寄り道した本屋さんで、何気なく歩いていたら、ふと目に入ったムーミンのトートバッグ。おおお、とつい近づいてしまうのは、潜在的なムーミン好きアンテナが反応しているからだろう。
 見てみると、トートバッグはボックス購入者の特典だという。
 そのボックスというのが、わたしが以前広告で見て惹かれていた、講談社文庫の新装版9巻セット。
 その瞬間、広告を見た時の欲しい感情が蘇ってきて、さらに実物の素敵さにやられて、もう迷わずに手に取っていた。そして9巻の重みを感じながら、手の内にあるムーミンを見て思った。
 あぁやっぱり、わたしはムーミンが好きなんだなぁ……。
 こんなに大げさに長々と書くことでもなかったのだけど、今年はムーミン75周年、さらに先日8月9日はムーミンの日。このタイミングに出会えたことに何だか運命を感じたのと同時に、これを機にムーミン好きを自覚することになったので、つい書いてしまいました。

 その中からまず読んだのが、『ムーミン谷の夏まつり』。
 今年は味わえそうにない夏まつりをムーミンたちとともに味わいたいと読み始めたのだけど、このお話は不穏な出来事から始まる。
 ムーミン谷の近くの火山が噴火し、さらに大水がおしよせ、ムーミン一家は家ごと流されてしまうのだ。原題が「FARLIG MIDSOMMAR:おそろしい夏まつり」となっているように、なるほど恐ろしい物語の始まりだ。
 ムーミン一家は2階に逃げて、そのままぷかぷかとどこかを流されていく。そこに他の動物たちも加わり手狭になってきたところで、ちょうど近くを流れてきた、もっと大きな家のような建物に移ることになる。
 そこは、なんともへんてこ。広い客間には、くすんだ赤い色のモヘヤやふさのついているりっぱな家具、周りには椅子や鏡台やたんすがとりまく。赤いビロードのカーテン、空色の壁紙、シャンデリア、天井には絵がたくさんあって、思うままに上へ吊り上げたり、下へ吊り下ろしたりもできる。
 その床の下には食べ物部屋があって、他にも頭ばかりがずらりと並んでいる部屋、「衣装べや」と書かれて洋服がたくさんある部屋……。
 へんてこな家だと思っていたそこは、なんと劇場だったのだ。
 といってもムーミンたちは劇場というものを知らない。芝居も観たことがない。そこに現れた劇場ねずみのエンマがきつく教えたのだ。
 ムーミンたちが食べ物部屋だと思っていたのはプロンプターの隠れるところで、客間だと思っていたのは舞台、絵は書きわり、カーテンだと思っていたのは緞帳だと。
「おまえさんがたは、芝居のことを、なんにも知らん! ただ知らんちゅうよりも、もっと知らんのじゃ。知らんということも、知らんのじゃ!」
 と、エンマは顔を真っ赤にして叫ぶのだった。
 気難しいエンマだけど、劇場について「世界でいちばん、だいじなもの」だと熱く説明している中で、わたし自身にもすごく沁みた言葉があった。
「そこへいけば、だれでも、じぶんにどんな生きかたができるか、見ることができる。してみる勇気はのうても、どんなのぞみをもったらよいか、それからまた、ありのままのじぶんは、どうなのかを、見ることができるでのう」
 この劇場との出会いから、いつもとは違う、“ありのままのじぶん”を見つけるムーミンたちの夏まつりが始まる……。

 一つの場所にみんなが寄り添い合って進んできた物語は、この後、いろいろなハプニングに見舞われる。みんな離れ離れになってしまうが、そこから話がさらに動くのが面白い。
 夜のあいだにはぐれてしまったムーミンとスノークのおじょうさん、劇場に残ったムーミンパパやママや他の動物たち、そして穴から流されたミイと偶然出会ったスナフキン。
 バラバラになったみんなが、それぞれどのようにして過ごし、どのようにして一か所に集まってくるのか。最後、劇場で繰り広げられる芝居(なのか現実なのか)は、心に残る名シーンだった。
 この夏、ムーミンたちから、本当に素敵な思い出をもらいました。

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