南沢奈央の読書日記
2019/12/06

頭脳でクライミング

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撮影:南沢奈央

 キョンしたらいける。ガバだから取りやすい。そこをマッチ。ガストンして。カチ持ちは親指をしっかり使うこと。タンデュー出来るようになったら負担が軽くなるよ――。
 普通のスポーツジムとは違って、ボルダリングジムでは来ているお客さん同士でのコミュニケーションが結構多い。ボルダリングを始めた頃、わたしがあたふたと登っていると、近くにいる人が優しくアドバイスをくれた。登るにあたりレッスンを受けたわけでもないので、教えてもらえるのはとても有難かったのだが、正直言って……何を言われているのか全く分からなかった。
 クライミング用語があることを知った。他のスポーツでは聞いたことのないものばかり。冒頭のカタカナ言葉以外にもたくさんある。「ホールド」を「取る」というと、壁に付いている石を持ちにいくこと。「ルート」を「落とす」と言うと、課題を攻略すること。などなど……。

 ボルダリング仲間に薦められたのが、『スポーツクライミング教本』。日本人初の国際ルートセッターである東秀磯さんの著書だ。ちなみに「ルートセッター」とは、課題を作る人のことだ。60歳にして未だ現役だというから、すごい。
 クライミングにあまり年齢は関係ない。登りに行くと、実にさまざまな年齢の方が登っている。特に、ロープを使って高い壁を登るリードクライミングは、怪我するリスクも低く安全に楽しめるので、子どもからお年寄りまでクライマーは本当に幅広い。一方で、ロープなしで登るボルダリングは、瞬発力や筋力が必要な動きがあったりする。失敗したら下に落ちるので、着地も気を付けなければならない。小学生たちがアスレチックで遊ぶように軽々登っていっては、大胆にマットに飛び降りたりするところを見ると、始めるには早いに越したことはないなと思う。だけど本書には「どの年齢から開始しても10年間は能力が向上し、その後の10年間は維持することができます」とある。わたしはアラサーで開始したけど、向こう8年はまだ諦めるつもりはない。
 本書を手にしたのは、ボルダリングを始めたばかりの頃。まずは用語を知りたいと思って開いたが、実は断念してしまっていた。用語に関する説明を読んでも、それ以外にも知らない言葉があり過ぎて、さらには経験が浅いから「あ~あの時のアレね!」みたいな納得感もなく。投げ出して、体で覚えるぞとジムに通った。

「フラッギングって何ですか?」「ランジって?」と周りの人に分からないことは教えてもらいながら2年半経ち、まだまだ教えてもらうこともありながら、わたしが誰かに教えることも増えてきた。そしてふと久々に、本書を開いたのだ。
 すると、内容が、まぁ入ってくる入ってくる。目から鱗! こんなに面白い本だったのね!と感動。これまでの経験を重ね合わせながら読めるようになったから、クライミング理論を深く理解できるようになっていた。
 いかにして身体を使って登っていくかイメージしてから登り、駄目だったらどこがいけなかったかを考える。ホールドがある壁、つまり動かない対象に自分を当てはめていく、まるでパズルのような、頭を使うスポーツだから、今まで何となく理系の人が向いてそうだなぁと思っていたのだけど、本書の「クライミングのムーヴ」の項を読んだら、出てくるワードが「力のモーメント」「慣性の法則」「加速度」「作用・反作用」。数字まで出てくるから、もはや物理の教科書だ。
 今まで体だけで覚えてきた動きが、改めて頭で知ることによって、ようやく自分のものになっていきそうだと自信が湧いてきた。
 何より、この本をちゃんと理解しながら読めるようになっただけでも、2年半で成し得た進歩だ。これまでの自分の成長を感じられ、さらにこれからの成長には必須の一冊となった。

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