南沢奈央の読書日記
2018/12/14

罪と鰻と罰

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク


撮影:南沢奈央

 我が親不知よ、ごめんなさい。
 歯茎が腫れて痛むのは中に眠る親不知が原因だと、疑いもせずに思っていたことを認めます……。
 物をまともに食べることも出来ず、気分がかなり沈んでいた上に、仕事で会った人から「親不知抜いたの?」と言われた。それほど外から見ても腫れは明らかで、熱まで帯びていた。
 このまま放っておいては、仕事に支障が出るかもしれない。舞台稽古中だが、こりゃ緊急で抜くことも考えねば……!と覚悟を決めて、歯医者へ行った。
 診察室に通され、先生を待つ間に約4年前に初めて親不知を抜いた時のことを思い出していた。まだ出ていない親不知だったので、正確には“抜いた”のではなく、歯茎を切って歯を“砕いて取り除いた”のだった。その翌朝の腫れが特に酷く、自分でも自分だと信じられないくらいに顔も感覚も変だった。違和感がなくなるまで、1週間はかかった。
 診察台の上で手汗をかいていることに気づいた時、先生が来た。
「もう痛みは引いてきたでしょ?」
 まだわたしは挨拶すら、いや口を開いてさえいないのに。
 確かに、歯医者に予約の電話をした2日前が、腫れも痛みもピークだった。
 以前撮ったレントゲン写真を提示され、親不知が出ようとして痛いわけではないことはすぐに分かった。わたしの親不知は、横向きに生えているのだ。
 結局原因は、強く磨きすぎたことだった。歯茎に傷がつき、そこにばい菌が入って腫れてしまっていたのだ。そういえば前も強く磨きすぎだと注意されたことがあったっけ……。診察は数分で終わった。

 親不知には申し訳ないが、親不知が原因ではないと分かった瞬間に安堵し、食欲も出てきた。
 稽古休みには早速、大好物の鰻を食べに行った。昼間から燗酒も少しばかり。ほろ酔い、満腹になり、眠くなってきた。このまま家に帰って、昼寝でもしたらどれだけ幸せだろう。でも、そう考えると、少し後ろめたさがあった。
 家には帰らずに、ふらふらと本屋さんに行って本を選び、そのまま近くの喫茶店に入った。
 コーヒーを飲みながら開いた『グアテマラの弟』で、片桐はいりさんがグアテマラに住む弟一家を訪ねて、ちょうど同じような後ろめたさについて考えている一節があった。
 グアテマラでは、昼の食事が一日のメインダイニングになる。何時間もかけて、手の込んだ料理を準備する。そして、カロリーなど気にしないご馳走と甘いデザートを食べ終えたら、なんと片づけもせず、「おやすみなさい」とベッドに急ぐのだという。
 日本でも取り入れる企業や学校が増えていると話題の、シエスタだ。食後、たっぷりと昼寝の時間を取る。それが当たり前なのだ。
 グアテマラ人である義妹に至っては、お昼寝はもちろんのこと、朝昼晩関係なく、眠くなったら好きな時に寝る。それに関して、少しも後ろめたさを感じることはないのだとか。
 とても羨ましい……けれど、じゃあ同じように好きな時に寝ていいですよとなって、食後や日中に寝ることへの幸せを感じることはできても、なかなか後ろめたさを拭い去ることは出来ないような気がする。
 はいりさんはグアテマラの人たちの奔放さを知り、いっときも休まずに働き続ける母親に思いを馳せる。その後、コーヒーを見ては海外旅行に一度も行くことなく亡くなった父親を回想し、そして、グアテマラに居場所を見つけた弟の変化と変わらない部分に、心が動く。
 グアテマラの人々の生活を見て、家族や自分のことに立ち返り、気付きを得る。
 軽やかでウィットに富んだ表現もあって、読み終えると、はいりさん一家のこととグアテマラのことがとても興味深く、どこか好きにもなっている。

 次の稽古休み、グアテマラ料理をどこかで食べられないだろうか。そして時間を気にしないで、お昼寝をしてみる。起きたらどんな空が見えるかなぁ。
 今日も、あらゆる「罪と罰」、そしてささやかなご褒美について考えながら、想像を広げる。

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク