南沢奈央の読書日記
2020/03/13

猫のミーラ

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撮影:南沢奈央

 そういえばうちの猫たちは、いつ、どこで生まれたのだろう。
「誕生日を決めてください」
 初めて行った動物病院で、診察券を作る際に必要だと言われた。
 保護猫施設から引き取ってきた7月には生後2~3か月とのことだったから、わたしの両親が4月の何日かに決めたと言っていた。すると、もうすぐ1歳の誕生日のはずだ。
 だけど猫たちと接しているときにふと考えるのは、猫の年齢よりも、“うちに来てからどのくらいか”ということ。一緒に過ごした時間を考えるのだ。
 出会う前の猫たちのことを、ちゃんと想像したことがなかった。どこで、どうやって暮らしていたのだろうか。親はどんな猫だろうか、兄弟は何匹いるのだろうか。
 知る術もないのだけれど、今うちにいる猫たちに家族がいたことは確かで、一緒に過ごした時間だけじゃなくて、生きてきた時間を考えてみたら、もっともっと、猫たちのことを大切に思えた。

 そんな思いに至ったのは、井上奈奈さんの『猫のミーラ』と出会ったから。
「きょう、フリーダは眉毛をそりました」という一文の“今日”から始まり、過去に遡っていく絵本だ。
 ページをめくると、昨夜フリーダが見た夢の話で、飼い猫のミーラが出てくる。
 ここから、ミーラとの思い出を振り返っていく。1週間前に「一緒にくらしはじめて、10年目の記念日」をお祝いしたこと、1か月前にミーラを大嫌いな病院に連れて行って口を聞いてくれなかったこと、半年前「ミーラはもう立派なおじいちゃん猫ね」と言ったこと、1年前失恋したときに喉をゴロゴロ鳴らして寄り添ってくれたこと、3年前にこっそりお母さんのマネをして化粧をしているところを見守ってくれたこと……。
 そして9年前、大雨が降る帰り道での出会い。連れて帰った濡れそぼった猫が、「ミーラ」だ。どのようにして心を通わせてきたのか、ふたりの交流が、何気ない日常を追っていく中で描かれているところにぐっとくる。
 だが、“フリーダとミーラの物語”というここまでの印象が、この先でガラリと変わる。
 物語はまだ終わらない。
 ミーラと出会う前の10年前、11年前の回想がつづく。そこでどうしてフリーダがミーラと出会えたのか。どうしてフリーダは猫に「ミーラ」と名付けたのか。そして、どうして今日フリーダが眉毛を剃ったのか。11年前まで遡って、その訳を静かに知ったとき、胸がきゅっと締め付けられた。
 そうして迎える最後のページ、15年前でもらえる希望は、それはそれは美しい。

 そう、この絵本を一言で表現するならば、「美しい」。
 まず色が美しい。表紙には緑が使われているけど、中身の絵は金銀と赤白の4色のみ。色の風合いが絶妙で、決して混ざらないんだけど、ちゃんと全体で調和されている。特に、ミーラの白が本当に綺麗で、優しい存在感が表れている。
 美しい色合いの世界観で作られる、絵、内容、言葉、構成、装丁――。
 2020年2月22日。まさかと思って見た出版日まで、しっかり猫の日になっているこだわりは見事だ。
 ここまですべてのピースが美しく嵌った一冊には、なかなか出会えないだろう。

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