サバイバーズ・プライド
“サバイバーズ・ギルト”という言葉を初めて知ったのは、約一年前のことだ。
昨年11月に、鴻上尚史さん作・演出の舞台に出演させていただいた。そのタイトルが、「サバイバーズ・ギルト&シェイム」。(※テーマは重いですが、“抱腹絶倒の爆笑悲劇”です。)主人公は、若い帰還兵だ。ただ、戦争で生き延びたことに対する罪悪感を抱えている。それゆえ現実を受け入れられず、自分は死んでいて幽霊なのだと思い込んでしまっている。迎えた家族は困惑し、兄からは、恥だ、戦場に戻れとまで言われる。わたしが演じた役は逆のパターンだ。自分が戦災で死んでいたことに気付いていないでいる。本当の幽霊はわたしだったというわけである。
死と直面するとは、生きていることに後ろめたさを感じるとは、どういうことなのだろう。演じながら、とても考えさせられた。
そしてまた今回、鴻上さんの作品をきっかけに考えることになった。一か月前に出版された小説『青空に飛ぶ』である。
学校で壮絶ないじめを受けている、主人公の中学二年生・荻原友人。耐えられなくなり命を絶とうと心に決めたある日、佐々木友次に出会う。神風特攻隊として9回特攻し、9回生きて帰ってきたという実在の人物である。
友人の孤独で苦しい学校生活と、『陸軍特別攻撃隊』(高木俊朗著)を通して見えてくる戦時中の事実、そして友次さんの生き様が交互に描かれていく。
-
- 青空に飛ぶ
- 価格:1,705円(税込)
わたしはすっかり、ノンフィクション作品を読んでいる気分になっていた。実際、佐々木友次さんのパートは、事実だけが書かれているそうだ。参考文献や佐々木さんへの取材に基づいて、詳細かつ忠実に再現されている。
一方、創作である荻原友人パートも同時に、事実と思えてくるほどリアルに描写がなされている。クラス全員からの無視、存在否定という陰湿ないじめ、それを受けて吐気や下痢を催してしまう荻原友人の身体的反応、買い食いは注意するのにいじめには気付かない教師、いじめを訴える両親の方が異常だという目を向けてくる学校の態度。今目の前で実際に起きていることのように感じられるほど、身につまされる。
ついに友人は、「死ぬんだと思えば心は軽くなる。生きると決めると心はずしんと重くなる」ことに気付いてしまう。惑い、心が乱れ、気持ちが動く様はまるで、前述の舞台の若い帰還兵のようだった。生きることから逃げ出そうとしている。
その時に心を引き戻したのは、「卵をコンクリートにたたきつけるようなもの」と知りながら特攻をした友次さんの覚悟だ。結果、自分のお葬式が二回も執り行われ、戸籍からも消されている。それでも戦い続け、自分の存在を取り戻して故郷に帰ることができたのは、わたしが演じた役のように、いくら死と直面しても“自分は生きる”と信じる心があったからなのだろう。
佐々木友次さんは2016年2月9日まで生き抜いた。その三か月前に鴻上さんは札幌の病院で、92歳の友次さんに直接会われている。友次さんと興奮気味に対面している荻原友人は、鴻上さんそのものだったのかもしれない。
今鴻上さんが書くべきして書かれた覚悟の一冊なのだと、胸がいっぱいになった。